飛鳥時代の歴史を感じる看景寺。
看景寺の特徴
阪急宝塚線豊中駅からのアクセスが便利です。
看景寺は浄土真宗大谷派のお寺です。
住職のご家族の気遣いがとても心地よいです。
住職のご家族も繊細な気遣いしてくださる方ですよ~
阪急宝塚線豊中駅から能勢街道をやや北上すると、看景寺(浄土真宗大谷派、山号は四明山)があります。山号や寺号は、当地が周囲の景色をみるのに格好の地であったことから起こったといわれます。寺伝によると、創建は天平年間(729~49)に行基が開創した金寺千坊(かなでらせんぼう)の1つに淵源を求めます。境内には、文化10年(1813)頃に本町4丁目から出土した飛鳥時代の金寺廃寺塔刹柱礎石(府指定文化財)があります。当初は真言宗寺院で、承久3年(1221)には豊島蔵人高頼の長男高常が寺務を掌ったと伝えられます。文明7年(1475)、高常の子孫常圓が本願寺蓮如に帰依し、浄土真宗に改めました。天正6年(1578)の兵火により焼失しましたが、その後元禄11年(1698)に字寺垣内(あざてらかいと)から現在地に移り、再建されました。また当寺には、ヒノキ板上に銅製の鏡板を張り、縁に銅製の覆輪(ふくりん)を巡らした円形の懸仏(かけぼとけ)があります。ヒノキ板の裏面にある墨書銘によると、文亀2年(1502)に横山大明神(滋賀県伊香郡)の宝殿に施人されたとのことです。
| 名前 |
看景寺 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
06-6852-4112 |
| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
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大昔の飛鳥時代(592~)、この地に金寺(かなでら)というそれはそれは大きなお寺があって、そこは物部連金の氏寺だったそうです。そのまわりには塔頭という、小さいお寺がいくつもある大伽藍で宿坊などにも使われていましたが、看景寺はその塔頭の一つでした。栄華を極めた金寺は時代の流れととも廃滅の一途を辿りますが天平年間(729~49)にあのスーパー僧侶の行基によって再建されます。1578年の織田信長の荒木村重討伐の兵火で焼失し、1698年に現在の地に再再建されました。境内にある大きな石は昭和49年に府指定文化財に登録されました。昔々の大伽藍を持つ金寺の塔の礎石(そせき)で建物の柱を受ける土台石のことなのだそうです。掘り起こされて江戸時代に看景寺に搬入されました。