茶臼山城跡で歴史散策!
寺尾茶臼山城跡の特徴
住宅街の隙間に隠れた山城が魅力的です。
茶臼山頂上の本丸や遺構が良く残っていました。
駐車場は2台分しかないため、訪問時は注意です。
城跡へは上信電鉄の根小屋駅から歩くか、高崎駅からバス南陽台線で向かう。登城口は二ヶ所あり、南側の城山団地口と北側の寺尾町交差点近くの登城口(寺尾町口と略す)がある。バス停は城山団地口なら「城山県営住宅前」、寺尾町口なら「永福寺」(永福寺には新田義重墓がある)が近い。車なら、駐車場(2台分)がある城山団地口、山城気分を味わいたいなら林間を進む寺尾町口がお勧めだ。徒歩なら登城口へはそれぞれ根小屋駅から15〜20分程度で到着する。城山団地口からは南郭をはじめ主要郭まですぐだ。縄張図付きの案内板もあり分かりやすい。標高差は、20メートル程度。ただし、歩きだと登城口まで舗装道だが結構きつい。寺尾町口へは平坦な道で楽に行ける。近くに蕎麦屋やコープの店舗もある。道中には竹林が多く、未舗装だがとても歩きやすく、あっという間に城址に着く。途中分岐があり、四郭へ直行するルートと竹林の中を進んで追手口に至るルートがある。縄張は、南北を軸(西にぶれる)として北から四郭、本郭、南郭が連なり、東側に二郭、腰曲輪、三郭が連なる。西は崖なので、イメージとすれば最高地点を本郭として、南北と東に郭を配置した構造だ。※案内板が各所にあるが縄張図がそれぞれ微妙に異なる。ここでは城山団地口の図に従う。見所は、本郭西と南側の土塁、南郭と本郭間の大堀切、本郭北側と東側を巡る堀切、土塁、そして矢倉台だろうか?追手口の枡形?のような景色も攻守を想像すると楽しい。また、本郭を巡る堀切に井戸跡があるが、井戸と言うよりも畝堀の跡に見えるのだが如何?小規模だが遺構がよく残っている。また、とても巡りやすく整備されており、地元の方々の日頃の努力と熱意に頭が下がる。周辺の案内図も駅と本郭の東屋に設置されており、訪問者へのおもてなしが素晴らしい。城址への地元の愛着が伺える。大変だろうけれど、これからも大切にしてもらいたい。
茶臼山城跡は城山団地の北側にある城跡で城山団地の北側に訪城用の無料駐車場があり、2台駐車できます。そこに茶臼山城跡案内板があります。そこから案内板に従い登ることができます。北側の永福寺付近から登城道もあります。また南東方面の大手道の登城道があります。城跡は地元の人達により、大変良く整備されていて、案内板が充実されています。城跡の状態も良く残っています。鎌倉時代に新田義重の館あったと伝わっています。南北朝時代は新田義貞の弟の脇屋義助が城主だったようで、今の遺構は戦国時代のようです。
住宅街の一角に山城がありました。こちらの住宅街も結構な急坂を上って開けた場所にたくさんの家が建てられていましたが、その間に山城があります。駐車場もあるので、車で来ることも可能です。そして山城は非常によく整備されています。まずは上りやすく階段がしっかりと整備されていて、簡単に上ることが出来ます。結構な高さなんですけど、階段なら余裕ですね。階段途中から見た街並み。さらに階段を上っていきます。高いところまで上れました。こちらから郭があります。奥に進むと堀切もありました。結構ちゃんと山城として整備されていたみたいです。案内板が添えられていて、歴史も学ぶことが出来ます。土塁も張り巡らされています。井戸跡もあります。そして神社になっているところが本丸です。こちらも周囲を土塁で囲われていました。景色は綺麗です。ちょっとお城に寄ろうかなという感じの時、簡単に登れて見ごたえもあるので、非常に良いお城だと思いました。
住宅街の中にある城跡です。駐車場から10分程度で登れるので子供でも大丈夫でしょう。土塁、郭、堀や武者走りが残っており頂上には東屋があり、街並みを一望出来ます。
駐車場は2台分しか有りません。周りは団地や住宅街。遺構も所々残っています。眺望良好。登山初心者にオススメです。また整備されており、綺麗に維持管理されています。本郭には休憩所があり、休憩所のテーブルの上には、『茶臼山城跡についての資料』・『茶臼山城跡周辺の案内のしおり』・『茶臼山城跡についての感想が書けるノート』があります。
茶臼山頂上付近には本丸 土塁 虎口 郭 武者走りなど遺構が良く残っています。本丸には東屋とベンチがあり高崎市と関東平野を一望しながら休憩できます。保存会の方々の尽力により登山道が良く整備されていて、安心して登城できます。m(__)m お薦めです。😃 自分が戦国時代の城主ならやはりここに城を築いたと思う立地ですね。以下は案内板の記述です。新田勤王史によると「義重公様御在城は南上州寺尾村茶臼山の城」とあります。新田義重は八幡太郎義家の孫で里見・山名・新田・世良田(徳川)各氏共通の相であり墓碑は寺尾町永福寺にあります。
わが町の北西にあります山城です。散歩コースの仕上げに、歩いています!城山団地側からの登り口に2台分のパーキングあります。城山保育園の子供も遊びに来てますよ。
こちらは、八幡太郎源義家の孫に当たる、新田義重の居城であったとされています。伊豆に流されていた源頼朝が、以仁王の令旨を奉じて挙兵した時、これに従う者は僅かでした。しかし、信濃で木曽義仲が蜂起すると、平家に反感を持っていた者たちが次々に応じ、この動きは瞬く間に全国に広がりました。これを見ていた三浦氏や千葉氏などの豪族が、大挙して頼朝のもとへ馳せ参じ、頼朝は鎌倉で新政権を樹立しました。この時、新田義重は茶臼山城に兵を集め、天下の情勢を窺っていました。上野源氏の棟梁として、易々と頼朝の旗下に入るつもりは無かったようです。頼朝は義重に何度も書状を送り、鎌倉へ伺候するよう促しましたが、義重は握り潰しました。その後、頼朝の政権が磐石になるに及んで、義重は重い腰を上げ、鎌倉へ申し開きに出かけますが、目通りも叶わず、厳しい尋問を受けることになりました。この時の義重の行動が、のちのちまで頼朝から冷遇を受ける原因になったと言われているそうです。ようやく南北朝時代になって、鎌倉幕府を滅ぼした新田氏は興隆しますが、足利尊氏のために敗れ、実質的に消滅することになります(;_;)/~~~なお、この城跡がある寺尾という地名は古く、平安時代の創建といわれる清水寺の下に当たることから「寺の尾」と名づけられたとのことです(^_^ゞ
| 名前 |
寺尾茶臼山城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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以前から気になっていましたが、今回やっと訪問できました。地元有志の方たちが、手入れをしてくれているようでよく整備されています。が、道中は枯葉が積もり、特に竹の葉は滑ります。竹や木が倒れ、動物のフンやハチの巣が落ちていたので、注意が必要です。途中、分岐があり、「竹の道」は結構歩きます。笹の枯れ落ち葉が滑るので足元に注意。城址には案内板や東屋があり、よく整備されています。「考楽会」の皆さんには頭が下がります。帰りは「直登近道」を下りました。「竹の道」と比べると本当に近道でした。が、斜面が急なので、要注意です。帰路、元の道を歩いていたつもりでしたが、いつの間にか違う道に行ってしまったようで、県道71号側から登ったのですが、下りた先は県道30号側でした。どこで迷ったか?