沖の島の歴史を感じる港。
土予国境跡の特徴
小さな島が持つ歴史的な背景が興味深いです。
土佐藩と伊予藩に分割された珍しい史跡です。
この場所の歴史に触れられる貴重な体験ができます。
はいどうも日本一周旅したYoutubeやてる(名前はジュンジュン)ですなんもねえ。
どうして、こんなに小さな島が、かつて、土佐藩と伊予藩に分割されて治められていたのか。軍事上の拠点という位置づけだろうか。
| 名前 |
土予国境跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[日月火水木金土] 24時間営業 |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
沖の島は江戸時代、土佐と伊予に分割されており、連絡船が着く広瀬港と母島港は何処となく街の佇まいが違う。広瀬集落は土佐領、母島集落は宇和島領であり、現在も集落ごとに土佐弁と伊予弁の面影が残るとのこと。そのモニュメントがこと土予国境跡。母島から沖の島小中学校まで上がり、その分岐点を東に折れて少し行くと国境跡が見えてくる。1659年に国境争いで土佐藩家老の野中兼山の活躍で、江戸幕府は沖の島は土佐藩領との裁定を下したとの事。そんな沖の島の歴史を見て取れるスポットだ。