天神橋筋で初日の出を!
高野大橋の特徴
自転車で大和川を越えるのに便利な場所です。
季節ごとに異なる美しい表情を見せてくれます。
9月には川辺神社の祭りで迫力ある花火が楽しめます。
今、自動車道の三宅ICが工事中で、橋も渡れません。ですので、東住吉区と松原市を移動するためには、この高野大橋などを渡る必要があります。この橋のいわれは古く、地元の人たちが協力して明治の初め頃に作ったようです。その当初は名もない橋だったのが、大正時代には高野大橋と言われるようになりました。高野大橋が近代橋になったのは1954年のことだそうです。府道守口平野線の整備にともなって、従来よりおよそ200m下流に移して架けられました。橋は大阪府に管理されてきたが、その後大阪市に移管され、道路も府道住吉八尾線となり、南大阪の重要路線の一つになっています(以上、大阪市HPより)。高速道路の出入り口ができて、地元の人しか使わなくなってきていましたが、工事とかになってくると、そのありがたさが伝わってきます。なお、橋の両端は工場地帯です。夜間は人通りが少なくなるので、歩いての移動はあまりお勧めしません。
三宅瓜破間、自転車で大和川越えるのに便利。
季節、季節でいろんな表情を見せてくれます。
この橋を通ることはありません。
脇にナヨクサフジの群生があります。
令和三年、一月一日初日の出🗻🌄綺麗にみえました。
いつも散歩の途中大和川を渡るのに渡っている橋。ちなみに髙野小橋(こうやこはし)も有ります。今日10月16日散歩に来ました、朝日登る写真アップしておきます。先日は大和川の中洲に探検に行って来ました。水量の多い時は真似しないでね、中洲に降りるのは草が生い茂っていてなかなか難しかったので。
毎年9月に行われる川辺神社の祭りの時は花火が打ち上がります🎵年々、花火の規模が大きくなってきてるとか⁉️
大阪から高野山方面に通じる中高野街道が大和川を越える地点に橋が架けられたのは、明治の初めのことである。地元の人々がお金を出し合って架けた私設の橋であった。お金を集めるためにかなり広い範囲に寄付を募る文書が配られたと想像される。この橋は定まった名前がなかったようだが、大正の頃には高野大橋と呼ばれるようになっていた。高野大橋が近代橋になったのは昭和29年のことである。府道守口平野線の整備にともなって、従来よりおよそ200m下流に移して架けられた。橋は大阪府に管理されてきたが、その後大阪市に移管され、道路も府道住吉八尾線となり、南大阪の重要路線の一つになっている。
| 名前 |
高野大橋 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
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天神橋筋の橋かなあ。