中之島公園で歴史探訪!
大阪通商会社為替会社跡の特徴
中之島公園内にひっそりと位置する隠れた史跡です。
幕藩体制の終焉を感じることができる場所です。
大政奉還や明治政府樹立について学べる歴史的なスポットです。
2025.1
中之島公園内にひっそりとあります。
幕藩体制(封建時代)の終わりは、大政奉還や明治政府樹立が境目であるとマルクス主義を是とする歴史学者は主張する。これを基に第二次戦争後教育の世界では、この考え方を基礎に置いて個別の事象を学習者に記憶させて、洗脳を行って来た。しかし、これは間違いであった。江戸幕府の何度かの改革は緊縮経済の考え方で、令和の時代の日本銀行・財務省にも受け継がれていて、2024年現在日本の経済的地位は世界の30番を下回る状況をきたしてしまった。ここにある「大阪通商会社為替会社跡」は、幕藩体制の終了を経済的に処理する思惑で大阪商人の力で成立に漕ぎつけたものである。「蓬莱社」が1873年(明治6年)に作られたもので、資本の有限責任制・持分資本家と機能資本家の分離など時代の先端を行くものであった。なにぶん資本の蓄積が少なく、言い換えると貨幣の流通量が少な過ぎたのであった。米本位制からお金を中心とする経済に移行する途中で作られたと言える。明治政府は通商司という官庁を、明治2年(1869年)に設置した。外国貿易や国内の通商全般を管理する役割である。この機関の管理下で通商・為替会社を設立し、全国的な商品流通機構の再編を目指した。大阪商人たちは、この再編の波に乗る機会として、通商・為替会社を共同で設立し、貢米買受業務や為替方業務を担うことを期待した。貢米買受業務とは、農民から年貢米を換金し流通させる業務である。為替方業務とは、貢米買受業務から派生する公金取り扱い業務である。これらの業務で経済的な利益を生み出す為には、巨額の資本と米穀流通や為替に関する知識が必要でした。令和六年の財務省にすら、マクロ経済が理解できていない現状では、税金を公共投資し減税して経済を活性化させた方が、実は税収が増えるのであって、また公共投資に回した方が税収が増えるのである。自衛隊は軍隊にした方が税金を投入しやすく、平和も維持されてますます勤勉な国民性を生かして国家を富ませる事が出来る。米本位制からの移行、幕府や藩に対する貸し付けの焦げ付きなどを試みたが、明治2年8月に設立され明治7年には解散した。国立銀行が明治6年に出来るのだが、それへの橋渡しをした。
中之島内 散策するといろんなものみることが出来ますね‥
| 名前 |
大阪通商会社為替会社跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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