昭和の雰囲気が漂う美味探訪。
新梅田食道街の特徴
阪急大阪梅田駅前に位置する飲食店が集まるスポットです。
レトロ感あふれるお店が揃い、様々な美味しい料理が楽しめます。
和食から洋食、中華、イタリアンまで多彩なジャンルの飲食店のエリアです。
駅リニューアルや百貨店の改装とめまぐるしい変化の中、ここは時が止まった感があって、昔から知ってはいたものの、古さと年代的な雰囲気で今まで避けてました。しかしSNSで多くの評価が良く、行ってみた所こんなにもお店があったなんて、しかもリーズナブルで美味しい!高級なお店ばかりの近辺の中、これからも撤退しない様にしてほしいです。
古き良き梅田の高架下飲食店街。居酒屋•カフェ•町中華•ファストフード店•麺料理屋さん•スナック•bar•専門料理屋など、大阪の味をリーズナブルに楽しめるエリアです。
立ち飲み居酒屋やそば店が多く、仕事帰りのサラリーマンで賑わう昔ながらの食堂街。有名なたこ焼き屋やラーメン店には行列ができるほど人気で、最近ではおしゃれな喫茶店も増えてきて、幅広い層に親しまれています。レトロな雰囲気ながら、トイレは最新設備で清潔感があり快適なところがいい。
新梅田食道街を初めて訪れたのは、週末の夕方で、少し冒険気分で行ってみたくなったときでした。大阪駅や梅田駅からすぐの場所に、1950年創業の“昭和レトロ感満載のグルメ迷路”が広がっていて、「えっ、こんなとこあったんや!」ってびっくりしたんです。  細く入り組んだ通路の左右には、串かつ、たこ焼き、中華そば、洋食、喫茶店…とジャンルいろいろ。狭い空間に活気がぎゅっと詰まっていて、一歩入るだけで大阪らしい“カンパイ感”が伝わってきました! まず、はなだこのたこ焼きをスタンディングでパクリ。外はカリッとして中はとろ〜りで、ネギマヨが山盛りなのも嬉しくて、「うわっ、これ絶対うまいやつ!」って自然に声が出ました。 次に立ち飲みの串カツ屋で、熱々の串をソースにザブン!サラリーマンや観光客が入り混じる中で、初めてでも気負わず楽しめる雰囲気がすごく心地よかったです。さらに洋食店でビフカツ定食(600円!)に舌鼓。ボリューム満点なのにリーズナブルで、味もちゃんと美味しい—the コスパ良すぎ! 雑多だけど魅力的な雰囲気、1,000円以内でもしっかり満足できるグルメ、そしてどこか懐かしい”大人の食べ歩き”感。新梅田食道街は、まさに“大阪の味がぎゅっと詰まった宝箱”でした!いろんなお店をハシゴしながら、「また来よう!」って直感で思える場所です。
阪急大阪梅田駅の神戸線側の最前の3階改札を抜けてエスカレーターを降りる正面には動く歩道と通路とマクドナルドマクドナルドの左手の入口から入るのが分かり易いが、そこかしこに入り口がある阪急大阪梅田駅と阪急うめだ本店の間つまりJRの高架下に位置する1階・2階の飲食街1950年、国鉄退職者の救済事業として開業つまりここはいわゆる「阪急村」ではないだからか知らないけど一店当たりの店内は狭隘椅子に座ると壁に背中が付くレベルの店が多いまた通路も狭く持っている荷物によってはすれ違いがやっとのレベルという全体的に昭和臭が凄いついでに飲み屋も多く酒の匂いも凄いでも実際には店色々変わっとるんやけどな!
1950年(昭和25年)12月15日。元々は旧国鉄時代の施設関係の退職者に対する救済事業として設立された。飲食店は素人ばかりながら、くいだおれの大阪なら何とかやれるのではないかと、すでに営業されている2、3の玄人店にも参加を願い、その指導を仰ぎながらのスタート。1950 年(昭和25 年)12 月15 日。イメージとしてはここは梅田のど真ん中。どうして「新」なのかは諸説有り、今となってははっきり覚えている人はいませんが、次の説が有力。昭和25 年頃と言えば、まだ戦後の混乱期。しかしこの周辺は大阪の中心地として復興も急ピッチという時代です。梅田は北を代表とする地名で、地下鉄・阪急・阪神の駅名でもあります。その中で「梅田」と名付けるとかなり広い地区を意味し、この食道街の所在地を特定しにくいこと。また、国鉄大阪駅の高架下を借りているのに、「梅田」は付けにくいという駅名への遠慮。また、早く元気な梅田を取り戻し、新しい梅田の活力となる、みんなが気さくに楽しめる飲食の場をとの願いを込めて…などなどから「新梅田」となった。※実際には、この時代の梅田と言えば、阪急百貨店(御堂筋側のみの建物で8 階建て)と、3 階建ての阪神百貨店、それと国鉄大阪駅で取り囲む一帯という地区イメージが強かった。阪急電車の梅田駅はこの当時は、現在の百貨店横の広いコンコースがホームであり、国鉄線の下を通って発車していた。この位置関係からすると、新梅田食道街はやはり梅田といっても端っこという感が強く、何らかの遠慮があって「新」を付けたのではないかと…。蛇足ながら、梅田地下センター(現ホワイティ・ウメダ)が開業したのは1963 年(昭和38 年)11 月。この前後からまさに地下街時代を迎えることになるが、昭和25 年当時はまだ地上の時代である。普通なら食「堂」街ですね。一つ屋根の下で同じ事をするのが「堂」。ここはいろんなものを食べさせ、飲ませる店が、狭い通路に並んでいる。だから「道」なのだと、今は亡き北京の先代当主・齊木信孝氏の命名によります。まだ貧しい時代で、毎日のように飲むことが出来る様な人はまずありません。苦しいスタートの中でありがたかったのは、その当時のお客さんのほとんどが、国鉄大阪駅からの流れ、すなわち旅行客であったことです。地の利に恵まれたことが何よりの救いでした。開業6年後の1956年(昭和31年)には40店となり、この食道街が賑わうにつれ、流しの人がもてはやされるようになりました。ギター、アコーディオン、三味線、尺八、大正琴の音にあわせ、客のどんな注文でも歌いこなすという、名人芸の流し全盛時代でした。「銀座カンカン娘」「長崎の鐘」「水色のワルツ」「白い花の咲く頃」「桑港のチャイナタウン」「夜来香」「東京キッド」「越後獅子」等々、現在はカラオケなど、自分が歌って楽しむ時代ですが、この頃は上手な人の歌を、手拍子とともに聞き惚れるという時代でした。昭和45年と言えば分かりにくい方も多いでしょうが、1970年・・・そう、日本万国博覧会の開催された年です。この前年に阪急電車梅田駅の神戸線・宝塚線が現在地に移転し(京都線は昭和46年)、わが食道街の北側が新駅の玄関口といった様相になっていました。このおかげでお客様も増えていたときに、万博の開催でその見物客が日本全国から大阪駅へ集まるという事態になり、食道街も通路まで満員盛況の毎日が続きました。
JR高架下にある飲食店街。天井の低い狭いエリアに飲食店が密集した独特の雰囲気の場所です。店はどこも気軽に立ち寄れる庶民的な雰囲気で、立ち飲み店などは昼間からにぎわっています。とはいえ最近は少しずつ新しい店も増え、SNSなどで人気の店もあるようです。中には入店待ちで長蛇の列ができている店もあり、ちょっと驚いてしまいました。
阪急大阪梅田駅前にある飲食店に特化した場所です。老舗店舗で昭和の雰囲気を味わうことも出来ますし、新しい店も出来始めているので、飽きないです。
大阪の梅田にあるレトロ感たっぷりのお店が集まっているエリアです何でも食べられますし価格も比較的安いです。
| 名前 |
新梅田食道街 |
|---|---|
| ジャンル |
/ / |
| 電話番号 |
06-6372-0313 |
| HP | |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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人気の釜たけうどんさんを訪問。大阪駅からすぐの食堂街は、狭いながらも人気のお店が沢山入っています。大阪の雰囲気を満喫しました。