歴史感じる十三大橋の標識。
往来安全燈の特徴
レトロな交通安全標識が魅力的なスポットです。
十三大橋から望む夕日は特別な感動を与えます。
歴史的背景を感じられる場所で心が和みます。
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よく見かける「交通安全」標識とはひと味もふた味も違うレトロな標識、立派ですね。
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十三大橋から久しぶりの夕日。
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| 名前 |
往来安全燈 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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〜往来安全燈〜【大正九年1920年】大阪街道道標武藤善一郎十三大橋建設【明治11年】それから大分後に建てた事になる通常なら建設と同時に建てると思うが、これを立てた時代背景を感じる。(当時淀川も道路状況もほぼ現状に近いと思われ移設は無いと思う)明治十八年淀川の堤防決壊大水氾濫ありて同川改修の議起り其廿九年大土功を開始〜同三十二年十三町民の家立退を命せられ(同卅五年十三橋完成す其川幅元一百間なりしを三百八十五間餘尓改て令られてして同四十二年六月本川改修竣功式を毛馬閘門に挙らる茲に本家町の親友會諸氏等相謀りシ道標を遣立し燈を設けやり置往来を安全ならしむ予俳得賦して頌耳代鶴翁云)北西面「浪花南水」大阪歴史博物館の特集展示「生田南水(いくたなんすい)1860~1934、名は宜人(よひと)、別号を夜雨荘・百済女流画家生田花朝(かちょう)の父として大阪を代表する博学者等とあった。署名の下の一つ目の印に篆書と思われる「百済野印」二つ目に「南水」があり多分間違いないと思う。又、娘の花朝の生誕の地(南水の居所か)とされる場所にも「天王寺区上之宮町4の道標」が建っており、思わぬところで繋がっていて嬉しくなり、参考として書かせて頂きます。ただ、碑面の読み下し何だか怪しい。