達谷窟毘沙門堂西側の大岩壁に刻まれた磨崖佛像で通称...
とても大きい磨崖仏です。
圧巻です。
磨崖仏と達谷窟毘沙門堂との風景がとても素晴らしいです。
達谷窟毘沙門堂(たっこくのいわやびしゃもんどう)エリア内にあります。
中尊寺から車で約10分、毛越寺から車で約7分、平泉駅から車で約10分です。
拝観料:大人500円、高校生、中学生200円。
開門時間 夏(3/1~11/5) 8:00 ~ 17:00冬(11/6~2/28)8:00 ~ 16:30駐車場は無料。
喫煙や飲食、ペットなど動物を連れての参拝が禁じられていますのでペット連れの方はご注意下さい。
ホームページより---------------窟毘沙門堂西方の大磨崖佛は約そ十丈(約三十三m)にも及ぶ大岩壁に刻まれている。
前九年後三年の役で亡くなった敵味方の諸霊を供養する為に陸奥守源義家公が馬上より弓張を以って彫り付けたと伝えられている。
この大佛は高さ五十五尺(約十六・五m)、顔の長さ十二尺(約三・六m)肩幅三十三尺(約九・九m)、日本全國で五指に入る大像で、「北限の磨崖佛」として名高い。
---------------拝観料を払わずに外からも眺めることができますが、近くで見ると迫力がありますし、細かいところまで判別できます。
だいぶ風化しているので、今後の状態が心配ですが、なんとかいい形で保存してほしいと思います。
全国で5本の指に入る大きな像で「北限の磨崖仏」として名高い。
明治29年に胸から下が地震により崩落。
現在も摩滅が進んでおり早急な保護が叫ばれている。
(案内看板より)高さ16メートル、お顔は3メートルもあるそうで、近くでみると圧倒されます。
高さ五十五尺、顔の長さ十二尺、肩幅三十三尺といわれる磨崖仏。
源義家が弓削(ゆはす)をもって彫りつけたといわれる。
明治二十九年の地震により顔より下が崩壊した。
2021年8月5日訪問毘沙門堂の奥にあります。
八幡太郎義家が前九年・後三年の役で亡くなった人達を弔う為に彫ったとされます。
1886年地震により首から下が崩れ落ちてしまいました。
20200421緊急事態宣言発令中の今、急に青森の職場から応援で茨城の職場に出張が確定し、第1回青森⇒千葉弾丸ツアーで自宅に帰宅しました!道中で立ち寄った「中尊寺」「毛越寺」をあきらめ、ダメもとで「達谷窟毘沙門堂」を目指します!雨も上がり晴れ間が出て来ました!ん?達谷窟毘沙門堂の駐車場に到着したけど何の貼り紙も無いぞぉ~っ!岩手県で最後の立ち寄り先が閉鎖じゃなくて良かったです・・・・・💦綺麗なしだれ桜が迎えてくれましたが、車は1台だけですので貸し切り状態ではありますが、ゆっくり参拝が出来ます!木々に覆われ、とても静謐な雰囲気!お寺が管理運営してますが、ご神域なので鳥居があります!寺務所で挨拶をしてから一の鳥居、二の鳥居をくぐると、三の鳥居の向こうに毘沙門堂が見えてきました!毘沙門堂で参拝を済ませ外に出て順路に沿って歩くと、西にある岩壁には大仏のお顔が刻まれていました!胸から下は風化しちゃったそうなので、お顔だけでも残っていて欲しいですね!源義家が馬の上から弓張(ゆはず)で彫ったと伝えられているそうです!大日如来説もありますが、阿弥陀如来説が優勢のようですねぇ~っ!
名前 |
岩面大佛 |
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ジャンル |
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電話番号 |
0191-46-4931 |
住所 |
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関連サイト | |
評価 |
4.4 |
達谷窟毘沙門堂西側の大岩壁に刻まれた磨崖佛像で通称「岩面大佛」と呼ばれています。
前九年後三年の役で亡くなった敵味方の兵の諸霊を供養するため、陸奥守源義家公(通称:八幡太郎義家)が馬上より弓削を以って彫り付けたと伝えられている、高さ約五十五尺、顔の長さ約十二尺、肩幅約三十三尺あり全国で五指に入る大像で「北限の磨崖佛」として有名です。
明治二十九年(1896年)の地震により磨崖佛像の胸から下が崩落してしまい現在も磨崖佛像の摩滅が進んでいる。