跡地と言ってもなにもありません。
旧陸軍下仙川高射砲陣地跡 / / .
コンクリートの土台が少し残っているだけでした。
なんだこれ と思った。
これが本物だと、誰か証明してほしい。
なんにもありませんでした。
土台表面半分も形は無くしかも町内広報の掲示板が突き刺さっています。
固定されているのもが残っているだけでも何も無いよりはそこを中心に今はなき倉庫跡や他の台座などの位置をぼえるので良しとした処でしょうか・・・
仕事中の通り道です。
ここに砲台があったのか?って思うとロマンを感じます!当日の地形ってど~なってたのかな?
跡地と言ってもなにもありません。
以下引用1945年2月17日に神代村下仙川六〇七番地あたりに爆弾が投下されて炸裂、防空壕に生き埋めにされるも奥の方に逃げていて奇跡的に無事で助かったようです。
みんな新聞社発行の「調布市域の空襲と敗戦 空襲記録検証編I,」によると被害は下記の通りでした。
爆弾は斎藤宅と伊藤宅の間あたりに落下したという。
斎藤宅(通称・鍋屋) =下仙川六〇七番地(現・仙川町3丁目2)物置爆弾落下全壊 母屋半壊伊藤宅 =下仙川六〇七番地(現・仙川町3丁目2)全壊か半壊かは不明田辺宅 =下仙川六〇七番地(現・仙川町3丁目2)全壊または半壊毎日新聞(ウェブ版)に当時の体験談が記事が掲載。
説明板などは設置されてなかった。
自治会の案内板の下の台座が怪しいと思って、家に帰ってから調べると、これが砲台跡の一つのようだった。
高射砲陣地だったと証明する物は何もない。
下仙川村の高射砲陣地跡です。
現在では高射砲の砲座の一部しか残っていません。
住宅街ですしこれをわざわざ見にくる価値はありません。
米軍の航空写真と見比べることでどの位置の砲座が残っているのかを確認することができます。
名前 |
旧陸軍下仙川高射砲陣地跡 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
2.4 |
実家の近くで、戦争経験者の父から最近教わりました。
実家付近は防空壕だったそう。
戦後は住宅街となったが、近くに武者小路実篤の記念館もあります。