お墓のテーマパークのようで見所満載です。
1657年に江戸幕府によって創建された寺院。
明暦の大火で亡くなった11万もの死者を葬った万人塚を建てたことがこのお寺の始まりです。
その後、安政大地震を始め、水死者や焼死者、刑死者などの無縁仏も埋葬しています。
あらゆる宗派だけではなく、すべての人や動物に至るまでを供養するという理念から、猫や犬、オットセイの供養碑もあり、現在ではペットの供養も行っています。
1768年に境内で勧請相撲が行われ、これが今日の大相撲の起源となりました。
伽藍は正門以外はみなさんが思い浮かべるようなお堂ではなく、現代的なコンクリートのビルで、通常の寺院のような雰囲気はあまりありません。
この世を去ったあらゆる命に手を合わせる人たちがいます。
両国駅からすぐのお寺。
江戸初期の大火災「明暦の大火」で亡くなった10万人余りを慰霊するために作られた「万人塚」がお寺の始まり。
その後、人だけでなく、犬や猫、馬などいろいろな生き物の慰霊碑が作られています。
大盗賊の鼠小僧のお墓もあります。
今から240年ほど前にこのお寺の境内で勧進相撲が行われ、これが現在の相撲の始まりといわれ、力塚もあります。
そのため両国に国技館が作られました。
動物供養で有名な回向院です。
ペットの火葬から納骨まで請けおっています。
春と秋のお彼岸にはお塔婆を納めお経をあげてもらいます。
墓地内には鼠小僧のお墓があり墓石を小石で削りお守りにするようです。
合格祈願、勝負事に願掛けします。
両国橋を渡ってしばらく歩いたところ、こちらの立派な御門の前を何度か通っていたので気になり、先日初めて中に入らせていただきました。
回向院は1657年(明暦3年)に発生した大火(明暦の大火)により10万人以上が亡くなったと伝えられ、中でも身元の分からなかった方や身寄りのない方々の無縁仏を弔うために時の将軍徳川家綱の指示で創建された寺院とのこと。
本尊は阿弥陀如来それ以降、無縁有縁、人や動物、貴賤の区別なく亡くなったものを弔う寺院として現在に至っている浄土宗寺院とのことでした。
境内に入ると、明暦の大火の供養塔、ペットを弔うために作り寄贈されたものなどが多く見受けられ、ペットを亡くされた方々がお参りしてました。
また鼠小僧のお墓など興味深い歴史も知ることが出来ました。
他にも力塚の碑があり、昔回向院の境内で相撲が執り行われてきたこと(両国国技館ができるまで)も興味深いことでした。
また境内には数匹の飼い猫(首輪あり)がおり、参詣者に可愛がられているようでした。
数年前に寺院で飼われていた猫が亡くなってしまったとのこと。
定期的に法話の会や音楽イベントや季節ごとの恒例行事も多くあり。
明暦の大火で被災者を葬るために建立されたのが回向院です。
江戸時代にはここで相撲が行われました。
また、鼠小僧のお墓があります。
鼠小僧Jazzライブ❗️回向院で向島のワインバーお静の番外編Jazzライブに行ってきました。
常連さんも多かったのですが、ところ狭しと80人が参加。
テナーサックス奏者の中村誠一さんを中心に約2時間のライブを楽しんできました。
回向院の住職からは回向院の由来も鼠小僧の話があり、ライブの名前の由来を話がありました。
今年6月3日、4日には4年ぶりに鳥居清長展が開催されるのは楽しみです。
明治の頃までお墓がぎありましたが、震災や戦災でなくなったそうですが、これまでそれを顕彰しようと継続されてきました。
今年は新しい作品もあるとのことです。
我が家の猫達4匹が眠る場所。
お墓参りの時にお線香や花を捧げつつ、お寺の猫ちゃんを触るのが楽しみになっています。
以前はもっとコロコロポッチャリでしたが、だいぶお痩せになられたみたいですね。
(・∀・)
1657年10万人もの命を奪った振袖火事による身元不明者を合葬、供養するため建立。
他には相撲協会が歴代相撲年寄の慰霊のために力塚が建立されています。
また鼠小僧の墓があり、墓の前にある石を削り財布に入れておくと金回りが良くなったり、持病が治ると言われています。
境内は狭いが、猫がいたりしてなごむ。
裏側は相撲部屋が多く、ミニマムな観光エリア感がある。
卸問屋みたいな店も点在する。
なんと言っても振袖火事(明暦の大火)により江戸町民の沢山の尊い命が失なわれたこと。
その悲劇の菩提を弔う為、回向院を造りことにあたった。
本郷の本妙寺へ母と墓参りへ、帰りに上野の山で小性の寺男とすれ違い一目惚れをする梅乃...恋患いから病気になり命を亡くす梅乃。
(振袖火事を参照)この様な伝承で今も亡くなった方の供養をしているお寺です。
石川五右衛門のお墓もあります。
近くには忠臣蔵でお分かりの吉良上野介の屋敷跡もあります。
歴史を振り返ることのできるお寺になります。
無縁寺回向院。
墨田区本所地域内に所在していることから「本所回向院」とも呼ばれている。
振袖火事と呼ばれる明暦の大火の焼死者10万8千人を幕命によって葬った万人塚が始まり。
のちに安政大地震をはじめ、水死者や焼死者・刑死者など横死者の無縁仏も埋葬する。
あらゆる宗派だけでなく人、動物すべての生あるものを供養するという理念から、軍用犬・軍馬慰霊碑や「猫塚」「唐犬八之塚」「オットセイ供養塔」「犬猫供養塔」「小鳥供養塔」、邦楽器商組合の「犬猫供養塔」(三味線の革の供養)など、さまざまな動物の慰霊碑、供養碑、ペットの墓も多数ある。
江戸三十三箇所観音参りの第4番札所であり、この馬頭観世音菩薩も徳川家綱の愛馬を供養したことに由来している。
動物の永代供養、鼠小僧の墓などがあるお寺。
御朱印は夏・冬でデザインが変わる。
私が訪れたときは17時頃で時間外にもかかわらず快く御朱印を書いて頂きました。
また閉められていた観音様の扉をわざわざ開いてくれてお参りさせてくださいました。
お寺の方々はとても親切でした。
2 共有。
お手洗い🚻をお借りしました。
とても綺麗で嬉しかった。
御朱印帳いただくまでフリーの茶菓子をいただきました。
JR両国駅から徒歩5分。
両国橋を渡れば台東区浅草橋へ散歩しながら問屋街にgo。
鼠小僧次郎吉墓・力塚・猫塚・山東京伝墓など様々な縁や出会いのある寺院。
1657年の明暦の大火(振袖火事)の犠牲者を弔うため幕命により葬った万人塚が始まりだそうです。
正式名称は『諸宗山無縁寺回向院』本所地区にあるので本所回向院とも呼ばれます。
近年の研究では東洲斎写楽の相撲の取組を描いた浮世絵から、写楽の活動期中回向院での興行のみにあった取組が描かれており、東洲斎写楽が回向院の相撲興行の場にいた事が窺われるとか。
かつては国技館・日大講堂であった建物が隣接していましたが現在は高層ビルになっています。
毎年ゴールデンウィークに行われる商業祭り『両国にぎわい祭り』の会場としても寺域を解放しています。
近隣の見所の例として、JR両国駅・両国国技館・相撲部屋・江島杉山神社・相撲写真博物館(工藤写真館)・本所松坂町公園(吉良邸跡)・隅田川テラス・江戸東京博物館・安田庭園があります。
鼠小僧次郎吉のお墓があります。
石を削って持ち歩くと金運が上がる?動物を供養しているお寺でもあります。
毎年参拝してますがギャンブル運はまあまあです。
ありがとうございますm(__)m
宗派は浄土宗ですが、宗派に限らず生きとし行けるものを供養するある意味お寺の存在理由を実践しているお寺です。
創立は江戸時代初期の明歴の大火の焼死者を供養するために幕命でたてられました。
お墓のテーマパークのようで見所満載です。
庶民に愛された鼠小僧次郎吉の墓をはじめ、動物供養の猫塚、相撲の歴史を偲ばせる力塚等々、様々なものが手厚く祀られます。
相撲の街・両国にふさわしく、力士像が構える国技館通りの先にありました。
明暦の大火の犠牲者を弔うために開刹され、以後も災害や戦災などによる死者を葬ってきた寺院。
かつて「国技館」があったことでもわかるように、靖国神社(招魂社)と同様、興行モノで賑わい、生者が楽しむことによって、横死者たちの霊を慰めてきた土地である。
いまでは国技館も両国駅前に移ってしまい、跡地にはマンションが建ち、回向院は普通の寺院になっている。
鼠小僧次郎吉の墓は、昔からバクチ打ちなど勝負運を担ぐ連中が、お守りとして少しずつ打ち欠いて持ち去ってきた。
禁止してもしょうがないと割り切って、今では打ち欠き用の墓が別立てで用意されている。
江戸文化に興味のある方なら山東京伝(戯作者で一時は絵師)、竹本義太夫などの墓もあるので、探してみるのもいいだろう。
名前 |
回向院 |
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ジャンル |
/ |
電話番号 |
03-3634-7776 |
住所 |
|
関連サイト | |
評価 |
4.1 |
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相棒だった犬2匹がロッカーお墓にお世話になってます。
自分が借りている場所は年間2万円ほどです。
タイミング良ければ、お寺のにゃんこの梅ちゃんにも会えますよ~。