ご近所の方々にちゃんと認知されてメンテされている感...
観光地としてはどうかって感じですが、ご近所の方々にちゃんと認知されてメンテされている感あって良いですね。
巴御前の墓と伝わっているそうですが。
巴御前の墓は、滋賀と栃木に続いて、これで三個所目の訪問だ。
小林では木曽義仲の愛妾、巴御前の墓と伝わっているそうである。
『印西町史』には、以下の伝承が収集されているとのこと。
巴御前は、木曽義仲の敗死後、和田義盛に妾として迎えられ、その子義秀とともに庇護を受けて鎌倉の小林郷に住んだ。
(朝比奈三郎?)義秀が下総の地に城を築き、鎌倉の小林郷になぞらえて「小林」と名づけたという。
和田義盛が北条義時に敗れ滅亡すると、巴と義秀は小林に逃れて潜伏した。
巴と義秀は8年近く小林で生活を共にしたが、再び北条氏の追及がのびてくる気配を察して、義秀はいち早く身の危険を感じ母の巴をおいて落ち延びていった。
66歳の巴は、二男秀景に養われて小林で人生を閉じたという。
秀景は川村三郎太夫秀景と名乗り小林に土着し、川村家の先祖になったという。
近くの空きスペースが駐車場のようです。
トイレありません。
名前 |
巴塚 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
2.6 |
木曾義仲に仕えた女武者の巴御前の墓と伝えられる塚です。
小さな土饅頭にこれまた小さい自然石が墓標替わりに建てられているだけで、由来の説明板も無くパッと見たら終わってしまいます。
案内板は道すがらありますので道に迷うことはないでしょう。