いつも参拝させてもらってます。
いつも参拝させてもらってます。
あまり人に出会わず、ゆっくり参拝出来ます。
社殿に神社の事記載されてあるので、私のように神社知らなくても、所以理解できるのである助かります。
このような神社仏閣増えれば嬉しいな。
本日の発見は、社殿右手に社務所が出来てました!コンテナっぽかったですが、良い感じ。
また伺いますー。
北を富山湾、南を飛騨山脈に挟まれた富山平野を南北に走る国道41号線。
同じく富山平野を南北に流れる神通川との間で並走している富山笹津線を南に進み富山空港、カターレ富山の本拠地である富山県総合運動公園 陸上競技場を過ぎて更に3kmほど南の山に向かって進むと、「塩」なる標識が掛かった交差点に出る。
旧大沢野町になるのか。
自家用車でドライブするようになった35年位前、車で通りかかってこの地名を見た時から、海から離れ、目の前に山が迫り、周囲には田んぼしかないこんな地に何故「塩」なる地名が付いているのか?ずーっと不思議だった。
当時は読み違えたかと思い、でも気になったので道端に車を停めて、歩いて戻って確認したくらいだった。
この交差点からほんの少し南に多久比禮志(たくひれし)神社が鎮座する。
「延喜式」式内社で婦負郡7座の1座。
近世は神通川沿い38カ村の宮川郷惣社であった。
ご由緒によると「天武天皇白鳳元年(672)4月、林宿禰弥鹿伎(はやしのすくねみろき)が、神通川を船で上っている時、白髪の老人が出現し、近くの泉が潮水であることを教え、煮詰めた水から塩の生産が可能になったことからその老人を神に祀ったという」とあり、この起源譚から「塩社」「塩の宮」と俗称され、湧き出た塩水の池は昭和15年(1940)頃まで塩出鉱泉の名で利用されていたそうだ。
なるほど。
もっと早くに調べておけば良かった。
長年のモヤモヤがスッキリした。
多久(たく)は高く尊いとの意味で比礼(ひれ)は天女が纏うようなひらひらした布の意で古代は魔除けと考えられたもの、志(し)は接尾語で、高く尊い布(栲布 タクヌノ)と解されることから衣服に関係する他の神社に比定する説もある。
名前 |
多久比禮志神社 |
---|---|
ジャンル |
/ |
電話番号 |
076-467-0194 |
住所 |
|
評価 |
3.9 |
春分の日に近いと、参道から鳥居を見た方向に太陽が昇るようです。