児野山から尾根沿いに歩いてきました。
2018/12/1木曽氏の詰めの城であったということ。
林道を恐々と登って行くと看板がある場所に着き、そのあたりたから徒歩で登城する。
主郭に続く三つの尾根をすべて堀切で断ち切るようになっているが、堀切はかなり浅くなっている。
木曽氏と言えば武田滅亡のきっかけとなったなったことが有名だが、山の下の館跡周辺を含め農耕地はあまりなく、軍事的に重要な地であったのだろう。
城主は木曽氏。
本格山城らしく山頂の主郭を中心に3方に堀切を配しています。
土橋のついた堀や石積みもあって案内表示も充実、楽しい山城でした(^^)♪
危険度では山城でもトップクラスではないかと思いました。
小学校近くの最初の道なのにいきなりデカい鹿と近距離で鉢合わせ。
基本的に片側に山斜面、片側が奈落の断崖のため、山側から不意に突進されたら鹿やイノシシはおろかタヌキが相手でも谷底行きで御陀仏でしょう。
熊避け鈴を鳴らしてても意にに介してませんでした。
気休め程度に考えて、常時周囲に気を配り心身準備したほうが無難です。
単独行動なら尚更です。
アクセスもGoogleマップの経路では不明瞭で、木曽福島駅から30分ほどと表示されますが、駅から徒歩ならGoogle mapの経路ではなく、山村代官屋敷と小学校の間にある入山口のほうが近いです。
また途中からの道筋不明な山道は、分岐が多く道も獣道に近い部分があり分かりにくい上、標識はあるものの「木曽福島城方面」という表示は残り600m地点からしかありません。
ここが重要で適当に選ばず、まず最初は「紅葉ヶ丘」を目指して進んで下さい。
たどり着いたら「クマが突然、面会に現れることがあります」という、緊張感を和らげてくれる(笑)立て札と電気牧柵がある山中方面へ進んで下さい。
ここで私は適当に広い道のほうを選び間違えて進み、クマに怯えながら道に迷い大変な目に合いましたので皆さんは気をつけましょう。
「0.6km 福島城跡」の標識まで辿り着けばあとは道なり、標識もいつもの山城らしい二の丸三の丸本丸とあり安心です。
三の丸、二の丸、本丸に堀切に堅堀に土塁とほぼ手付かずなのか程よく遺構が残り、というか辿り着くのも骨が折れるような、急峻で道は細く奥まった地に、よくまあ森長可は深夜にこんな所まで押し入って人質まで奪取できたもんだなと感心しきり。
長可軍のように武器装備あり複数人行動なら心強いでしょうがなかなかそうはいきません。
近距離だからと甘くみないようお気をつけて登城して下さい。
お手軽登山。
途中紅葉ヶ丘の眺めは良いですね。
ランチはこちらで先を進み山城へ石垣や堀切等は確認標識も設置してあり迷うことは有りません。
看板に表記されている以外は分からないです。
反対側に屋敷等があるのかな?
木曽福島の街から城跡、城山、権現滝と周回する登山道が整備されています。
城跡は堀切、郭がしっかり残っています。
古城の雰囲気に満ちた素晴らしい所ですが、熊がいます。
実際に遭遇しました。
鈴を持っていきましょう。
某PCゲームデフォ城を巡る旅代官屋敷と小学校の間の道から道なりに登って行けます。
本丸跡少し手前までは傾斜がキツイので、それなりの靴を履いている方が良いです。
時間を見て無かったので、ハッキリと分かりませんが30分位で到着。
勿体無いのでそのまま権現滝まで散策しましたが、滝から行人橋へ降りる道も傾斜のキツイ場所や岩場が有るので注意を。
ここで見ることはあまりありませんが、ハイキングはいいですね!(原文)ot much to see here but the hike is nice!
城跡巡りではなく山登りと考えるべきと思います。
上の方には城割りが少し残ってますよ。
3回目木陰は涼しいです。
歩いてしか行けません ハイキング向き。
なーんにも無いし標識もいい加減で私は急坂で黒川渡(くろかわど)ダムに下る選択を余儀なくされた。
この経路は急坂で途中からは林野庁の方々の整備も行き届いていないから下山路に選ぶ場合には時間に余裕を持った計画が必要である。
またこの経路を避けるには一端城跡に登った経路を戻り「紅葉ヶ丘(もみじがおか)」への経路を辿る事をお勧めする。
2017年6月22日(木)文責・藤井深。
名前 |
木曽福島城跡 |
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ジャンル |
|
電話番号 |
0264-22-4000 |
住所 |
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営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
評価 |
3.4 |
児野山から尾根沿いに歩いてきました。
城址は広く杉の香りが濃く漂ってます。
その下には稲荷神社があり、ちょっとだけ冷えた水が湧いてます。