土偶の歴史とか成り立ちを無料で知れる。
八ヶ岳山麓の広大な大地に位置する、縄文時代中期の集落遺跡。
戦前から発掘が行われており、縄文時代を代表する遺跡として知られている。
隣接する「与助尾根遺跡」も含め、古代史跡公園という扱いになっている。
出土品は「尖石縄文考古館」に展示されている。
国宝が間近に観ることが出来ます。
むかし、「尖石」という本を読んで気になっていました。
大きな縄文時代の遺跡です。
展示されている国宝の土偶2体は有名です。
石器時代の遺跡です。
ぱっと見原っぱにしか見えませんが、住居跡が多数残っているそうです。
尖石という、信仰の対象であった岩も残っています。
蓼科に残る縄文時代の遺跡。
八ヶ岳から広がるなだらかで眺望のいい斜面に33カ所の竪穴住居跡が見つかり、日本初の縄文人集落として認定されたエポックメーキング的な縄文遺跡です。
その遺跡的価値から国の特別史跡にも認定されています。
今は広大な原っぱが残るのみですが、縄文ロマンを感じてみてはいかがでしょうか。
なお、遺跡の隣には国宝土偶である縄文のビーナスを展示する博物館があるのですが、あいにく休館でした。
今度リベンジしたいです。
孫の夏休みの自由研究のための事前調査のためにいきました。
本当は私自身が国宝の縄文のビーナスと仮面の女神が見たいと思いでかけました。
おもったより美しくて見惚れました。
この日は時間がなくゆっくり見学出来なかったので全ての展示品が見れなかったのでまたの機会に行きたいと思いました。
尖石この石は、高さ1.1メートル、根本の幅1メートルで、先端のとがっているとこころから、「とがりいしさま」と呼ばれています。
古くから村人の信仰の対象とされたものらしく、いつの頃からか傍らに石のほこらが祀られました。
遺跡の名前もこの石の形からつけられたものです。
この一帯は、明治25年頃桑畑にするために開墾され、その時、見馴れない土器や石器が多量に出土しましたが、祟りを恐れて捨ててしまったといわれています。
また、この土器や石器は、大昔ここに住んでいた長者の残したものであろうと、長者屋敷と呼びならわしていました。
そしてこの「とがり石」の下には宝物がかくされているとの言い伝えから、ある時こっそり村人が掘ったところ、その夜たちどころにおこり(熱病)にかかって死んでしまったとのことです。
この石を神聖視する信仰から生じた言い伝えでしょう。
石質は八ヶ岳の噴出岩の安山岩で、地中に埋まっている深さは不明です。
右肩の樋状の凹みは磨り痕から人工のものと思われます。
縄文時代に磨製石斧を制作した際に、共同砥石に使用されたものとも、また縄文時代は石を貴重な利器としたところから、地中から突き出したこの石を祭祀の対象としたものであろうともいわれています。
標高約1000メートルの台地にある、縄文中期の大規模集落遺跡。
「縄文のヴィーナス」と呼ばれる女性土偶が完全な形で出土した。
尖石遺跡の案内看板を目印に階段を降りたところにあった尖石。
うねうねした削り取られたような溝の模様があり、神秘的な岩です。
まさに神宿る石という雰囲気がありました。
縄文館から歩いて数分ですので、ぜひこちらも訪れると良い場所だと思います。
住居跡に座り縄文家族の団欒を想像。
薄暗がりに汗臭い2人ちらちら揺れる焚き火を囲み「どんぐりうまいけどそろそろお肉が食べたいわ…」自然の中で必死に生きる八ヶ岳も空も寒さもあの時に近い私もお肉が食べたい。
無料駐車場より歩いて看板通りに直ぐに有ります。
遺跡は良く整備が行き届いていました。
土偶の歴史とか成り立ちを無料で知れる。
時間によっては案内をしてもらえるのかな? 駐車場もかなりあるし、周りは他にも縄文のモノの展示が沢山あるから外も広々している。
親は遠くで見守れるし、子どもは広々過ごせそう。
場所が標高高い分坂を歩くだけでも少し疲れる人は疲れるのかな。
歩くだけでも、その歴史の部分を知れるから、来るだけでも楽しく過ごせる。
体力つくし、知識も付く( ' '♬)
ものすごい数の土器、そして、なんと言っても国宝の縄文のビーナスと仮面の女神を2体とも見ることが出来ます。
うきうきです。
ただ、今日(2019.9.28)は仮面の女神の方は他所に貸出中のため複製でした。
残念。
調べてから行った方がよいですね。
毎年9月にハーフマラソンレースが開催されています。
高地とはいえまだ暑い季節です。
暑さに強いランナーを目指す人は参加するといいかもしれません。
縄文遺跡の国内エース尖石遺跡。
その名前の由来となった尖石があります。
この石も石器を削った跡があるそうです。
八ヶ岳西山麓の尾根上に伸びる台地上にある。
景観は素晴らしく縄文人たちがここで土器など創りながら楽しく平和に暮らしていたのだと思うと自分もハッピーになる。
何年かぶりに来訪…改めて、縄文時代のセンスに脱帽。
信仰対象となった石があるが、遺跡としてはほとんど何もない。
石の右横に祠が置かれ、諏訪大社の御柱と同じ様に四隅に柱が立てられている。
この石には不思議な言い伝えがあって、尖り石と言われたことから、この付近から発見された遺跡が尖石遺跡と命名された。
この石自体にも石斧等を研いだ痕がある等の言い伝えがあるが、真偽のほどは分かっておらず当該遺跡の主体ではないと思われる。
尖石遺跡は、八ヶ岳山麓に繁栄した縄文時代中期を代表する遺跡の一つであり、尖石縄文考古館は、その八ヶ岳山麓の遺跡から出土した2000点あまりの遺物を展示している。
国宝「縄文のビーナス」は、尖石遺跡の近くにある棚畑遺跡から出土した、八ヶ岳山麓の縄文時代中期の土偶の特徴を良く表した、高さ27cm、重さ2.1kgの大型土偶である。
この土偶は、集落の中央広場の小さな穴から、完全な形で出土し、妊婦をかたどっている。
ドライブの途中、案内標識を見て立ち寄った、もう一度ゆっくりと来てみたい。
明治の中期から 多くの考古学者等が コノ辺りから4-5千年前の縄文中期の 住居跡や土器石器などが多く発掘されてきたとの事ですまた コノ近辺の棚畑遺跡からは 1986年に縄文のビーナスが 中ッ原遺跡からは2000年に仮面の女神が発掘され 国宝の指定を受け さらに有名にもなりました コノ2体が尖石縄文考古館に展示され 他にも多くの出土品が見れるとあり 遥々奈良からやって来たわけです尖石の云われの 尖った大きな石も 見ることが出来 満足な旅になりました。
大規模な縄文集落があった場所。
近くには龍神池という池もありました。
名前 |
尖石石器時代遺跡 |
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ジャンル |
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電話番号 |
0266-76-2270 |
住所 |
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営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
関連サイト | |
評価 |
3.9 |
えもいわれぬ大胆さと美しさの土器の数々。
宝石のカットを想わせる黒曜石の鏃。
縄文時代 約1万年という遙かな時の中で脈々と生きてきた作り手やその家族たちはどのように暮らし、何を食べ、何を楽しみとしたのか想像するとロマンが広がる寒暖や食べ物の豊凶など、大自然に左右される暮らしは決してのんびりとしていられなかったかもしれないが土器や土偶の姿にはどこか前向きで希望を抱いた、躍動的な力が感じられたのは私だけではないはず。
入館料は¥500市内の学生は優待料金で入れます。