名前 |
九重の桜 |
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ジャンル |
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住所 |
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関連サイト | |
評価 |
3.5 |
【当史跡】は、将門の後裔を称した猿島郡主の「平守明」が、室町時代に京都御所の“紫宸殿”前の有名な「右近の橘・左近の桜」の桜を株分けして将門ゆかりの地に植えたものと伝えられています。
平守明が、どうしてこの地に桜を植えようと思ったのかは定かではありませんが、立身出世を求めて京に上りながらも、のちに思いがけない行き違いから結果的に京に反旗をひるがえす結果となってしまった将門の京の都に対する憧憬の念を慰めるためであると推察する。
【異説】としては、東宮(朱雀天皇)の元服の儀が紫宸殿で執り行われ、その恩赦によって将門の帰国が許されました。
南庭の左近の桜を株分けして、将門ゆかりの地に移植されたというものである。
この伝承には、彼の恩赦への感謝の情がくみとれます。
【九重】は、宮中を指す言葉であり、かつて中国の王城が門を九重に造っていたことから転じた言葉です。
ここでいう宮中とは、もちろん天皇のお住まいであった京都の御所を指します。
【所在地】は、茨城県坂東市岩井2354-2(〒306-0631)である。
【】は、【コロナ】対策は、当史跡は屋外なので講じられていない。
【接道】は、県道結城坂東(20号)線の弓田橋南信号の一つ南の信号機を東に進んで、「平将門営所跡島広山」の案内標示の先に「延命寺(直進)、石井の井戸跡・九重の桜(右折)」の案内があるのでこれに従い右折して道なりに進めば左手にまず石井の井戸跡があり、さらに道なりに進むと、九重の桜案内標示が右手にあるので左折し道なりに進むと当史跡が右手に見えてくる。
上記のルートは、県道20号線から石井の井戸跡を経由するので遠回りとなる。
同道から直行する際には慌てずに時間を掛けることを薦める。
【駐車場】は、当史跡の一角にどうにか普通車数台が駐車可能である。
駐車位置によっては写真撮影に支障が生じるので、この場合には配慮を要する。
【トイレ】は、未整備なので、ここに来るまでにコンビニ等で用を済ませてくるのがベストである。
【後書き】今回の訪問が2月で桜はまだ固い蕾の段階だったので、是非とも3月末の開花時期に訪問し、詠歌したいと思う。