名前 |
富士見石 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
3.6 |
富士山本宮浅間大社のすぐお隣、市立中央図書館の前にあります。
天正10年、甲州征伐を終えた織田信長は、東海道経由で富士山を遊覧しながら安土への帰路につきます。
4月10日に甲府を発ち、うば口(右左口)からもとす(本巣)を経由して、峠の谷合ひ(谷間)に徳川家康が用意した御茶屋で休憩しつつ緩々と進み、朝霧高原近くの人穴や白糸の滝などを見物、4月12日に至って浅間大社に到着した様子が「信長公記」巻十五、信長公甲州より御帰陣の事に書かれています。
信長が到着した時、浅間大社は甲州征伐で織田家に味方した北条軍によって焼かれており、堂塔伽藍は悉く失われていましたが、ここでも家康が社内に御座所、一夜の御陣宿たりといへども、金銀を鏤め、それゞの御普請美々しく仰せつけられ、(信長公記)と贅を尽くした御座所を用意していました。
この富士見石はその際、信長が腰をかけて富士山を眺めたとの言い伝えがある石で、元々は浅間大社の境内の中にあり、左の道祖神の台石になっていたそうです。
(引用)