菊水寺は土間造りの観音堂が特徴的。
札所33番 延命山 菊水寺 / / .
菊水寺は土間造りの観音堂が特徴的。
秩父山中から降りて街中にあるけども駅から近い訳ではないが、ここまで来れば残り一箇所。
一息ついて最後の札所へと向かおう。
延命山菊水寺。
埼玉県秩父市下吉田。
曹洞宗に属し、本尊は聖観音。
秩父三十四観音霊場三十三番札所。
小坂下にあった菊水寺を下吉田の長福寺が合併したのか、寺号標には大桜山長福寺と刻まれている。
菊水の井戸があったために菊水寺という寺号になった。
芭蕉の句碑があるが、肝心の句が読めない。
剥がれ落ちているのか、裏面にあったのか?
秩父三十四ヶ所の徒歩巡礼の8日目に訪れました。
札所三十三番菊水寺です。
門を抜けると桜の回廊が本堂までつながっています(訪れたのはツツジの時期でしたが)。
境内にもトイレはありますがすぐ近くに観光トイレがあります。
川を背にし桜の参道を歩くきれいなお寺さん、元は小坂下の峠道、八人峠が御本尊由来の地、昔話だと峠では八人の山賊が横暴の限りを尽くしていたが旅の僧の法力で山賊を改心させ、霊水を浴びれば寿命ものびるなどなどの話しあり!その霊水の所在は今は境内の手水舎に変わり名は菊水、お寺さんの由来となる水。
2018年10月28日(日)巡礼2日目pm13:45に訪れました。
秩父33番札所。
事前に読んだ本の写真にみた菊水寺の孝行の絵に衝撃を受けました。
乳は赤ん坊が飲むものというのが当然のことながら、歯の無くなっただろう老母に乳を与えるそのさまは親孝行として極まることで本堂に掲げられたそれをまじまじと眺め自分に問答。
秩父札所をかなりの急ぎ足ながら二日間車を走らせれば、冬時の札所が午後4時に閉まる時期で無ければ34所一番札所から順打ちで巡ることが出来ることを理解。
(不馴れな土地勘にカーナビと札所でいただける地図が必須)全走行距離100kmを歩きで巡っている姿を車を走らせる途中にしばしば見かける。
タクシーで札所にたどり着く方や、鉄道の駅から歩く方、バス利用、様々に様々な巡礼がある観音霊場巡礼が33で終わるに従うなら33番の菊水寺を今回の巡礼の締め括りとすることを決めていたのでここで〆(11月入りして板東33所、12月入り前後して巡りはじめ来春から梅桜の季節に関西33所を巡り、平成終わりの日に板東33番札所を打ち移動して秩父34番札所で100観音巡礼を遂げて平成の世に感謝し、さらに長野の善光寺へ移動、平成の終わりと新元号を善光寺でと計画)ふらっと思い立ち寺坂棚田の彼岸花を観に初めて訪れた秩父で一番札所の看板を国道に観て四萬部寺に立ち寄り古刹の印象と本堂に祀れた本尊の印象深さに巡礼をすることとなる彼岸花の起こした奇縁ともとれる仏縁に感謝。
菊水寺は石段を登る事がなくて、足に自信がない人は楽です。
33番菊水寺観音堂の内部は広い土間になっていました。
観音堂は文政3年1820年建立です。
千鳥破風流れ向拝付きという作りで、「正大悲殿」の正面の額と格子が美しいです。
本尊の聖観音様を近くで拝めます。
子がえしの絵図と、孝行和讃の絵図もあります。
そのかわり堂内は撮影禁止と書いてあり、天井の感じも素晴らしかったので撮影したかったのですが記憶に留めておくだけにしました。
境内には芭蕉の句碑もあり、寛保3年で古いものです。
堂内から庭は撮影しました。
2018/12/1拝受 曹洞宗。
御朱印が本堂内で頂けます。
本尊-聖観世音菩薩ですが菊水寺では古くから聖の文字を正と揮毫します。
秩父三十四観音第33番札所の御朱印を掛け軸に書いて頂きました!
秩父市下吉田〔長福寺(菊水寺)〕に芭蕉句碑が建っている。
芭蕉翁菊塚 寒菊や粉糠のかゝる臼の端 旧碑は寛保3年(1743)に建てられた。
菊塚 寒菊や粉糠のかゝる臼の端 新碑は天保14年(1843)に地元の俳人らが建てたもの。
「寒菊や・・」の句碑は、深谷市の〔摩利支天堂〕にもある。
全国で3基。
名前 |
札所33番 延命山 菊水寺 |
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ジャンル |
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電話番号 |
0494-77-0233 |
住所 |
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関連サイト | |
評価 |
4.1 |
階段もないので楽でした。
静かで落ち着いたお寺でした、お線香や絵はがきなどもありました😊🙏