大河ドラマ井伊直虎のロケで使われました。
拝殿は古く、室町時代の文亀2年(1502)天井絵も薄らと見られます。
(復元はされていない)霊験あらたかな感じが全体に感じます。
山全体が古墳だったようです。
(現在は東名高速開通の為に壊された?)心子女神を過ぎた所から、ザレ場階段(ロープづたいに登りますが、割と険しいです)を上がると、高根山頂(135.4m)と古墳(横穴式石室)があります。
眺めは良いですし、続きで金比羅神社に行くことも気軽に出来るので、かなり楽しめます。
延喜式神名帳の遠江國麁玉郡の項に多賀神社と記載のある式内社の論社の一社。
高根山の中腹に鎮座し、拝殿は文亀2年(1502)の建立。
拝殿の背後は大きな磐座があり、その磐座の上に2つの本殿が鎮座する。
向かって右の高い位置にあるのが高根神社、左側が岩本神社。
この磐座には登れるが、鎖場となっているので、慎重に登る必要がある。
この付近は高根山古墳という古墳時代後期(5世紀後半)の円墳が40基以上確認されている。
創祀年代も不明だが、この大きな磐座は古代より祭祀の対象とされていたといわれていて、岩本神社はその名残といわれている。
延喜式神名帳に「多賀神社」として収載されている、由緒正しい神社です。
拝殿が古いと思ったら、何と室町時代(1502年)の建築だそうです。
もとは「多賀神社」と呼ばれていましたが、「多賀」が「高根」になったそうです。
明治初期の神仏分離令前までは、行基菩薩が刻んだと伝わる聖観世音菩薩や、徳川家康の馬を祀る馬頭観世音なども祀られ、「高根山観音」と呼ばれていました。
金刀比羅神社から山道を西に300mほど歩いた所にあります。
高台にあるので、写真のようにアクトタワーをはじめ浜松市街から浜北市街、太平洋まで望むことができます。
裏山は直径15メートルの円墳である「高根山古墳」となっています。
高根山の中腹に鎮座する神社。
境内からは、浜北区を一望することができます。
遠州平野の北西のへりに位置する、高根山に鎮まる古社。
式内社、多賀神社の論社という。
麓の表参道からは十八曲りと称する山道を登る。
摂社、蚕養社を過ぎて参道を登りつめると、十六世紀初頭に建造されたという拝殿が姿をあらわす。
拝殿から顧みると、浜松市内を一望のもと眺めることができる。
なかなかの眺望。
木々が取り払われていたら、さらに素晴らしい景色だろう。
本殿である祠は拝殿の裏にある、巨大な岩盤の上に鎮座。
もとは、この岩山自体が信仰の対象であり祭祀が行われていたのだろう。
祭神は保食神(うけもちのかみ)。
急峻な岩盤をよじ登り参拝する。
さらに先には、石室が露出している古墳がある。
古代、いや上古から祭祀が行われていた信仰の山なのだろう。
大河ドラマ井伊直虎のロケで使われました。
洞穴のところです。
大河ドラマ井伊直虎のロケで使われました。
洞穴のところです。
遠州地方を見下ろす神社で、社殿の裏に磐座が存在しています。
小山の中腹に有り車道が有りませんが、金比羅神社の駐車場から徒歩約6分。
名前 |
高根神社 |
---|---|
ジャンル |
/ |
電話番号 |
054-631-2350 |
住所 |
|
関連サイト |
http://www.shizuoka-jinjacho.or.jp/shokai/jinja.php?id=4413014 |
評価 |
3.7 |
大河ドラマ(おんな城主直虎)の撮影の舞台にもなったという神社です。
1000年以上の昔から建立されていたとのことで、そんな昔のことを思いながらお社や、境内から見える景色を眺めると、清々しい気持ちになります。
南側から登る道には車は停められませんし、10分くらい狭い山道を登る必要があります。
手元のiPhoneによると高度は120mくらいなので、そこまできつい山道ではありませんが、ちょっとした登山気分で気持ち良いです。
しかし、道は狭く、草に体が触れることがあるので、マダニの危険は有りそうで服装には注意です。
長袖長ズボンにしましょう。
車で行くには、東側にある金刀比羅神社(ことひらじんじゃ)裏手にある駐車場に車を停めて、そこから10分くらい歩くと着きます。
こちらは道は主に砂利道ですが、アップダウンは少しだけなので、そこまでキツくないです。