広い境内は、綺麗に清掃されていました。
狛犬が飛翔型です。
神楽殿も在ります。
広い境内は、綺麗に清掃されていました。
狛犬のポーズが面白い。
歴史を感じさせる神社です。
本殿の彫刻は素晴らしいです。
覆屋で見づらいですが獅子鼻や龍鼻?がたくさんありました。
本殿の彫刻がすごいです。
神楽もありますが、人の気配無く御朱印はいただけませんでした。
本殿裏の紅葉が綺麗でした。
運命があって幸福になった。
筑西市樋口〔樋口雷神社〕に芭蕉句碑と伝わる句碑が建っている。
八乙女は田に唄ふなり夏神楽 はせを 全て漢字で書かれているようで、「八乙女盤田耳唄婦奈梨夏神楽」。
実際には、この句は芭蕉の句ではなさそうだ。
明治21年(1888)に建立された。
ひっそりとしています。
昔はお祭りがあったようですが、今はどうかな?道が狭いです。
車ではすれ違えませんので、ご注意を。
名前 |
樋口雷神社 |
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ジャンル |
/ |
住所 |
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評価 |
3.6 |
【当社】は、久下田城本丸跡、伊佐城本丸跡、下館城本丸跡、祥雲山妙西寺(ショウウンザンミョウサイジ、茨城県筑西市新花町乙657)と直線上に位置する重要な社であると由緒書きされている。
久下田城は、結城四天王の一人である下館第六代城主の「水谷蟠龍斉政村(ミズノヤバンリュウサイマサムラ)」が北方の脅威である下野国名族の宇都宮氏に備えるために下館城の支城として築いたものである。
当社は、最前線を構成する同城の後方支援する役割を担い、民衆の水谷家に対する帰属心を養成するとともに神社行事を通して地元民の一体化に資する存在であったと思われる。
なお、それらの三つの城は、藤原秀郷が平将門の乱を鎮圧するために建てた三館(上館・中館・下館)の場所に築かれている。
乱は10世紀前半で、政村の築城は戦国末期の16世紀中葉なので約600年の年月でも、土地の軍事的価値は保持されていたということになる。
【所在地】は、茨城県筑西市樋口407(〒308-0001)である。
地名の「樋口」は、当社の東を流れる五行川にある「赤井戸水門」があることから、川から田圃に水を流す樋の口から来ているのだろう。
農家にとって水は死活問題なので、水門を守る城を築いたのかもしれない。
久下田城の久下田も「久しく(水が)下る田圃」を願って名付けたのかも?。
また、「山王堰土地改良事業竣工記念碑」が当地と五行川の間に立っているが、上述の水門から田圃に導水しているものと思われる。
山王とは日枝神社が山王宮とも呼ばれるが、同社の御祭神が大山祇神、山王様である。
当社の境内社の阿夫利神社も御祭神が大山祇神であることから山王が冠されたのかもしれない。
なお日枝神社が、茨城県筑西市下高田482に鎮座することから命名されているのかもしれない。
【創建】は、寛治7(1087)年に白河天皇の御代に八幡太郎源義家が凱旋の報賽のために一宇を建てたことに始まる。
【御祭神】は、「別雷大神(ワケイカヅチノオオカミ)」である。
別名は、「賀茂別雷命(カモワケイカヅチノミコト)」であり、賀茂別雷神社(カモイカヅチジンジャ、上賀茂神社(カミガモジンジャ))の御祭神であり、賀茂建角身命(カモタケツヌミノミコト、賀茂御祖神社(カモミオヤジンジャ、下鴨神社(シモガモジンジャ))の御祭神)の娘の玉依姫(タマヨリヒメ、同じく賀茂御祖神社の祭神)が石川の瀬見の小川(賀茂川)で遊んでいたところ、川上から丹塗矢が流れてきて、これを持ち帰って寝床の近くに置いたところ玉依姫は懐妊し、生まれた男の子が賀茂別雷命である。
【境内社】に「阿夫利(アフリ)神社」が拝殿の右側に鎮座する。
御祭神は、「大山祇神(オオヤマツミノカミ)」、富士山の御祭神「木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)」の父君で山の神や水の神として信仰されている。
【御神紋】は、本殿「卍巴」、拝殿「左三つ巴」である。
【御朱印】は、未確認である。
【謎その1】は、一之鳥居が国道294号線の旧道沿いに立っているが、この鳥居を通り抜けても道なりでは二之鳥居に辿り着けない。
そこに行き着くには右手に1本道を入る必要がある。
道なりにいくとどちららと言えば久下田城に向かうことになる。
【謎その2】は、例祭において「小栗(内外)大神宮」(茨城県筑西市小栗1番)の太々神楽が奉奏される。
当社と大神宮との関係はどのようなものなのかが不明である。
【謎その3】は、御祭神をどこから分祀されたのかが不明である。
「関東三雷神」とは群馬県邑楽郡板倉町の「雷電(ライデン)神社」、茨城県水戸市の「別雷皇太神(ベツライコウタイジン)」、そして茨城県つくば市の「金村別雷神社」であるが、何らかの繋がりがあるのだろうか?。
地理的には小貝川左岸岸辺に立つ金村別雷神社と小貝川支流の五行川右岸である当社と親近性がありそうだ。
【接道】は、南北からは国道294号線バイパスの「久下田西7丁目」信号機、又は国道294号線の旧道の「久下田西」信号機から、県道216号線(岩瀨街道・小金井街道)に入り真岡鉄道の東側で北上すると「久下田城跡」に向かう変則交差点を南下するのが一つである。
国道294号線の旧道を北上する場合には、右手に樋口雷神社の鳥居が見えたら、鳥居の下を通り抜ける形で接近するのがもう一つである。
【駐車場】は、専用のものは未確認であるが、駐車スペースがあるので、駐車には問題はない。
しかし、ごみ集積所付近(絵馬堂前)はゴミ出しに来る車のために駐車は避けるべきである。
【トイレ】は、絵馬堂とごみ集積所に囲まれて立っている。
(訪問日3月20日(月))