近津三社の中宮で心和む。
近津神社(町付)の特徴
近津三社の中宮にあたり、歴史深い神社です。
参道が気持ちよく、訪れる人を癒やしてくれます。
鳥居のそばにはバス停があり、アクセスも便利です。
大子には近津神社が三社あり(上宮、中宮、下宮)こちらは中宮にあたる神社で、寛文年間(1661~1673)に下宮の近津神社からご分霊を勧請したそうです。
鳥居は水戸初代藩主頼房公が奇進されたとの事。
随神門をくぐった先の拝殿の見事な彫刻は必見です。
(^o^)
鳥居の側にバス停があります。
駐車できる広いスペースもあり行きやすい神社でした。
級長津彦・面足大神・惶根大神を御祭神とする神社で、上野宮の近津神社を上宮とし、下野宮の近津神社を下宮、町付の当社を中宮として『近津三社』と呼ばれており、八溝山の麓社群を構成していたと考えられます。
慶雲4(707)年に池田城主で八溝山の鬼を退治したとされる藤原富徳の勧請で朝廷より神鏡・霊剣・金鈴を賜り創建(近津下野宮)、慶長7(1602)年に佐竹氏が秋田へ国替えになり水戸藩が成立すると、寛文年間(1661年~1673年)には、八溝嶺を源とする八溝川を遡るように町付に近津中宮、上野宮に近津上宮を分祀し創建しました。
一の鳥居横に駐車スペースあります。
御祭神は級長津彦大神・面足大神・惶根大神。
慶雲4(707)年,池田鏡城主の藤原富徳が勧請した。
その後も源頼義・足利氏・佐竹氏の尊崇を受け,現存する二の鳥居は水戸初代藩主の徳川頼房寄進による造営です。
明治5年郷社に列格したが翌6年村社に,明治40年共進指定,大正12年再び郷社に列格。
下野宮近津神社・上野宮近津神社と共に近津三社(近津三所明神)と総称し,うち当社は「中野宮」とも呼ばれました。
明治5年郷社列格。
鳥居の先の緑の草の絨毯の参道を歩むと石段の先に随神門,さらに石段を上ると,入母屋造りの見事な社殿が鎮座していらっしゃいます。
社殿向かって右手に苔むした神橋があり,杉林に囲まれた高台には境内社でしょうか,天満宮(御祭神は菅原道真公)の社殿が鎮座していらっしゃいました。
参道が気持ちよい神社でした。
狛犬さんは大正時代のもの。
なかなかの可愛さでした。
近津三社の中の宮です。
一の鳥居をくぐった先は以前は棚田だったと思われる耕筰放棄地が広がっていて残念です。
しかし、由緒ある神社ですので是非訪問してみてください。
近津三社の中の宮です。
一の鳥居をくぐった先は以前は棚田だったと思われる耕筰放棄地が広がっていて残念です。
しかし、由緒ある寺社ですので是非訪問してみてください。
名前 |
近津神社(町付) |
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ジャンル |
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住所 |
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関連サイト | |
評価 |
4.0 |
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狛犬がいい感じです。