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名前 |
上金子 御頭御社宮司社 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
3.2 |
慶長年間に徳川幕府によって諏訪藩主を叙任された諏訪頼水は、タケミナカタの直系子孫とされる一族で、統治と武門を担った諏訪惣領家の後裔です。
神祭儀典を担ったのが大祝諏方家でした。
諏訪藩主となった諏訪氏は、室町末期から戦国末期にかけて混乱して途絶えていた郷村ごとの御社宮司(ミシャグジ)祭礼を再建しました。
諏訪郡の15の郷村ごとに社宮司をひとつ建立祭祀して、1年交代で諏訪大社の祭事主催者(御頭役)とする規則を定式化しました。
ただし、上金子村は1年目と15年目の御頭役を務める役回りとしました。
社宮司社の祭頭として特別の地位を与えられたようです。
そのため、村を南北に仕切ってそれぞれに社宮司社を建立祭祀することになりました。
ところが、明治維新で神社や祭礼の方式が変革整理され、南北それぞれの社宮司社が統合されて、ここに建立祭祀されることになったそうです。