私には、比叡山で、一番の見どころだった。
平安中期、恵心僧都源信が念仏三昧の修行を行った場所に建つお堂。
現在の恵心堂は坂本里宮の別当大師堂を移築したもの。
ここで、恵心僧都は、師事した元三大師が入滅する間際から『往生要集』の撰述をはじめ、985年に脱稿し、浄土信仰発祥の地となった。
明るい林のなかの静かなお堂だ。
20/11/19、お詣りした。
こぢんまりしていて雰囲気が非常にいいです。
中は見られませんが、横川中堂で御朱印を拝受できます。
横川の奥きれいな場所。
正信偈や源氏物語に出てくる源信僧都に約1000年たって会いに行きました。
綺麗に整備されて、紅葉がとても綺麗でした。
普段から静かで、往生要集が書かれた雰囲気にちょっとでも触れることができました。
ぜひ、市原悦子さんと常田富士夫さんに読んでもらいたいなぁ。
私には、比叡山で、一番の見どころだった。
秋に行ったが、木立の奥の方丈の堂が、得も言われぬ佇まいで、しばらく見とれていた。
ここで源信は、往生要集を表したのか。
この3メートル四方のスペースで、思索、著作、寝起きをしていたのか。
来る人は、朝夕餉を運んで来る僧だけか。
時折は、横川中堂へも赴いたのだろうか。
聞こえてくるのは、風の音、鳥の声、雨の音くらいか。
冬は、ここで寝て、寒く無かったんだろうか。
茶室は、方丈への先祖帰りだろうか。
西行庵も、小さかったな。
延暦寺へ行っても、横川まで足を延ばす人は少ない。
是非、恵心堂まで足をお運びください。
帰りは、そのまま琵琶湖へ降りて、浮御堂に寄られるのも良いですよ。
雰囲気が抜群です。
両脇に苔がむした松並木を散策しているとひっそりと佇んでいます。
(18/11/18)「無量寿」御朱印を横川中堂でいただきました。
恵心僧都(えしんそうず):平安時代中期の天台宗の僧:源信(げんしん)比叡山中興の祖慈慧大師良源(通称:元三大師)に入門。
日本の浄土教の祖と称され、法然や親鸞に大きな影響を与えました。
元は元三大師のために藤原兼家が建立した寺とのこと。
恵心僧都(源信)が"往生要集"等を著し浄土教の基礎を築かれたとのこと。
残念ながら中には入れません。
平安貴族に極楽往生の手本とされた“往生要集”の執筆者、恵心僧都源信のお住まい。
元三大師良源さまの弟子にあたります。
源氏物語の“横川の僧都”のモデルとも言われています。
近くに墓所もあります。
この地であの "往生要集" が書かれたのだ!と云われると, やはり "おお~!!" という気持ちが湧いてきます。
いかに地獄のイメージ, ひいては悪いことをするとえらいことになるという価値観が我々の中(=精神形成)で大きな位置を占めているかと云うことを考えずにはいられません🙏🐤
俳句好きな人なら✨
外観だけ見れて、中は見えません。
名前 |
恵心堂 |
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ジャンル |
/ |
住所 |
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評価 |
4.0 |
恵心僧都と言われて、何か聞いたような気がして、よくよく聞いてみると源信さんじゃありませんか。
日本史の教科書には絶対出てきますよね。