乗り潰しで西鉄新宮駅に来ました時間潰しに新宮神社へ...
新宮神社は上府と下府にあります。
こちらは下府の方です。
境内に天満宮がありました。
海が近いのもあり、本殿に貝殻がお供えしてありました。
4つの鳥居の前が桜で満開でした、春初めて訪れました。
参道立派だけど、ちと寂しい。
地元に住んでおり先日清掃当番で伺いました。
癒される場所です。
静かで、松林からの木漏れ日が気持ちいい。
西鉄新宮駅から歩いて5分。
海水浴場に向かう林道入口すぐにあり、基本無人のようです。
お守りなども特になし。
お参りはできます。
祭神墨江三前神(すみのえみまえのかみ)「古事記」で、黄泉の国からこの世に戻ったイザナギ命が穢れを清める禊をしたとき生まれた神。
水底ですすぐと底筒之男命、中ほどですすぐと中筒之男命、水面ですすぐと上筒之男命が生まれたとあり、この三柱は墨江の三前の大神なり、と表現している。
明治24年5月建立の一の鳥居があり、新宮海岸保安林地域の中にひっそりと建てられています。
由緒この神社は、もともとバン匠給(地名・ばんしゅうきゅう)に鎮座しており、上府(かみのふ)と下府(しものふ)両村の産土神でした。
しかし、神社の運営などで上府、下府の意見が分かれたため、明治15年9月2日に分社し、現在の場所に移りました。
それ以降下府の氏神として信仰を集めています。
その後、明治39年(1906)の神社合併に関する通達により神社の合併が進められ、「ムラ」の中にあった船橋天満宮、竈門神社、恵比須神社、若宮神社などがこの新宮神社の境内に移されました。
二十年に一度、御遷宮が行なわれ、最近では平成6年にとりおこなわれました。
平成9年新宮町教育委員会(神社境内説明板転記)
1月3日に行きましたが常勤の方は居ません。
社務所もありません。
駐車場もないので、海に向かう道の家の前に縦列駐車してる感じです。
駐車すると出車はバックしか方法がありません(小さい軽ならターンできるかも?)
新宮海岸入口にある神社です。
御朱印は有りません1/3に行きました。
無人です。
車は縦列駐車出来ない人は停められません。
新宮神社 この神社は,もともと鷭匠給(ばんしょうきゅう)(現在のナイキ製作所内)に鎮座しており,上府と下府両村の産土神でした。
しかし神社の運営などで上府,下府の意見が分かれたため,明治十五年九月二日に分社し,現在の場所に移りました。
それ以来下府の氏神として信仰を集めています。
その後,明治三十九年(一九〇六年)の神社合併に関する通達により神社の合併が進められ「ムラ」の中にあった船橋天満宮,竈門神社,恵比須神社,若宮神社などがこの新宮神社の境内に移されました。
二十年に一度,御遷宮が行われ,最近では平成六年にとりおこなわれました。
祭 神 墨江三前神(すみのえみまえのかみ)例祭日 一月 一日 元旦祭 一月 十日 恵比須祭(恵比須神社) 五月 下旬 田植え祈願(若宮神社) 七月二十五日 祇園祭(船橋天満宮) 十月 二日 秋祭り(日籠り) 十月 十三日 宮座 十月 十七日 おくんち平成九年新宮町教育委員会参道掲示板村社 新宮神社 粕屋郡新宮村大字上府字小萬崎祭 神墨江三前神,菅原道眞公由 緒不詳,無題詩集僧(旧字体)蓮禪靈祠移岸古松青(旧字体)自誰傳聞住吉靈社移此地號新宮神社とあり。
本社は元鷭匠給にありしを明治四十一年十二月十六日許可を受け當地に移し菅原神社と合併す。
祭神菅原道眞公ほ當所に無格社菅原神社として祭祀ありしを前記の如く本社に合併せり。
字下村無格社菅原神社,字木浦無格社菅原神社として祭りしを明治四十四年二月二日合併許可。
祭神菅原神にして同一に付合靈せり。
例祭日十月十三日主なる建造物神殿,拝殿境内坪数五十四坪氏子区域及戸数大字上府區 九十五戸境内神社菅原神社(菅原道眞公)綿津見神社(錦(誤植?)津見三前神)大巳貴神社(大巳貴命)墨主神社(竹内宿禰)森神社(森家の祖)巖島神社(宗像三柱姫神)福岡県神社誌 中巻一の鳥居:「奉寄進 氏子中」「新宮神社」「維持明治廿四年五月」二の鳥居:「奉寄進」「新宮神社」「昭和十三年四月𠮷日」三の鳥居:「奉寄進」「新宮神社」「明治四十四年六月𠮷辰」注連掛け柱:「維持大正八年十月良辰謹建」灯籠:「大正二年九月良日」狛犬:「平成六年七月吉日」「下府 一区 二区 建立」
名前 |
下府新宮神社 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
4.0 |
乗り潰しで西鉄新宮駅に来ました時間潰しに新宮神社へ可愛い子がお出迎え控えめに言って最高です!!!