家族想いな人物がいた事をもっとみんなに知ってもらい...
斜陽の大友家を支えた義将高橋紹運。
2019年GW訪問連休の旅行で最後に訪れた場所がここで良かったです中に入って写真を撮る気にはなりませんでしたその旨、書かれてもいます外から1枚だけ撮り、中で手を合わせてまいりました。
ここにあの高橋紹運公が眠っています。
志は息子が継ぎました。
平成30年7月豪雨による土砂崩れでの大願寺から先の道路が通行止めとなっており、車で付近までいくことが出来ません。
太宰府市役所のHPによると平成31年3月までに復旧予定とのことでした。
なお、太宰府市民の森方面の登山道から歩いて高橋紹運の墓や岩屋城跡にいくことが出来ます。
歴史の一部に埋もれて欲しくない事実の一つ、戦国という誰もが信用出来ない時代の中で、自分達が生まれた九州にもこんなに人間らしく、家族想いな人物がいた事をもっとみんなに知ってもらいたい。
生き様から学ぶことが多い。
豊臣軍が 九州に 来る までの時と守る 、もの 、の 為島津軍 5万を、相手に 戦い高橋紹運 城兵736岩屋城に 立て籠り 皆 誰ひとり と して退く ことなく。
討ち死に した。
もののふ 達の 眠る 地来られる時は、大宰府 から 外は、山道 です。
岩屋城二の丸跡に高橋紹運公と勇士達の墓がある。
清浄な空気に包まれた墓所となり静かに手を合わせた。
人は死後完全に皆から忘れ去られた時に本当に死ぬという概念もあるが、後世にこうして語り継がれこの地で静かに下界を見守っているのだろう。
戦国時代大友氏の名将高橋紹運の墓所があります。
駐車場がありません。
退避場所みたいなスペース1台分。
太宰府駅内にレンタサイクルありますので電動800円を借りましょう。
徒歩だと厳しい坂と距離です。
係員さん岩屋城&高橋紹運好きで話し込んでしまいました。
石塀に囲まれ荘厳な雰囲気の中にあります。
大友家を守るため、秀吉軍到着までの時間を稼ぐため玉砕した高橋紹運公と部下763名がこの場所で。
と感慨にふけりました。
城域が道路で完全に寸断されているのが少し残念。
とても素晴らしい人物です。
一生心に残ります。
大友氏を最後まで支えた義の武将高橋紹運と家来が眠る墓所です。
墓内は私有地なのでマナーを守りましょう。
駐車場は路肩に4台ぐらい止まれます。
僕が生まれた時からの守護霊様のお墓。
自分の生き方を考えさせられる場所。
名将と名高い高橋紹運が最後をむかえた場所。
生き様に心打たれ、自分の生き方を問い正すために、紅葉の時期にたびたび足を運んでいます。
お墓の手前の登山道にある木々の斜面を這うように黄色く色づく紅葉の迫力は圧巻です。
壮絶な最後を遂げた岩屋城の戦い。
そして立花宗茂の父である高橋紹運が眠る地です。
威風堂々忠誠心を持った彼の生き方に、とても感動しました。
自宅からこんな近くに墓所があるなんて、驚きでした。
名前 |
高橋紹運墓 |
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ジャンル |
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電話番号 |
092-925-1880 |
住所 |
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営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
評価 |
4.4 |
衰えたといって 主君を裏切るなど 鳥獣以下なり。