メインストリートから少し山の中に入ったところにある...
関東でも有名な心霊スポットとなるような悲劇にみまわれた八王子城 その八王子城を築城し、かつ最後の城主でもあった北条氏照の切腹後、100周忌の時かっての家臣の子孫がたてた供養塔になります。
八王子城の城主であった北条氏照の墓地。
城へのルートから外れた小高い場所にある。
足元は悪くないが階段がかなり長い。
歴史に興味がある人向け。
八王子城の城主、北条氏照(ほうじょううじてる)の「墓」というが実は百回忌に建立された慰霊塔。
氏照の家臣で、八王子城で奮戦・討死した中山家範(なかやまいえのり)の孫の中山信治(のぶはる)が建立したと伝わる。
(2023-06)
大手道沿いにあった北条氏照の墓所への入り口を行ってみましたが、上り階段がきつそう、先もあるのでここで止めました。
北条氏照は八王子城主です。
アクセス:高尾駅から3㎞、徒歩40分From 日本紀行。
八王子城探索前に訪問。
木製の階段を登り切ったところに多くのお墓がありカラフルなお花が生けてありました。
他城のお墓ではなかなかない光景でした。
メインストリートから少し山の中に入ったところにある静かな墓地群です。
静寂が物悲しさを誘う雰囲気のあるところです。
それとお墓の後ろには見事な紅葉の木が数本。
秋はかなりキレイなんだろうなと思いました。
八王子城やガイダンス施設に向かう道の途中に案内板が設置してあります。
指示に従い両脇の雰囲気とは合わない装飾された狭く細い道(3ナンバーでは厳しいかも)をこのまま進んで大丈夫なのかと心配を思い始める距離となる200〜300mほど進むと、少し開けた平場に出ます。
ここに車を止めて架橋を渡り、直進は立ち入り禁止の作業所?のため左手の階段を登った小山の上に墓所があります。
裏手には家臣と思われる墓も無造作に置かれています。
何か戦いに負けるということの結果と思ってしまうような静寂が辺りを包んでおります。
南無…
静かで厳かな雰囲気のある場所。
長い階段の途中で2か所脇道があるが、どこにつながっているのか。
この墓は中山勘解由家範の孫の中山信治(徳川水戸家家老)が北条氏照の100回忌に建てた供養塔で左右に中山勘解由と自分のもあります。
その後ろには沢山の家臣の墓石があります。
階段がありますが整備してあります。
八王子城ガイダンス施設からの道があります。
この場所は手前にある曹洞宗宗関寺の墓所です。
日本遺産登録 霊気満山 高尾山 ~人々の祈りが紡ぐ桑都物語~絹産業を基盤として発展し「桑都 そうと」と称された八王子。
桑都の物語は、戦国時代に関東を治めた北条氏の名将・北条氏照が八王子に居城を築いたことから始まり、霊山・高尾山への人々の祈りが、この地に育まれた豊かな文化を未来へと紡いでいく物語です。
その北条氏照と家臣の墓がここにあります。
階段は滑りやすいです意外にたくさんの墓が残っています。
北条氏照の歴史を感じる。
ちゃんと整備されてます。
たくさんの墓碑?がある。
昔の墓って感じ。
階段が整備されているのか人があまり来ないからなのかわからないが、ちゃんと歩きやすい階段。
八王子城跡に来るたびに、氏照の墓所を訪れたいと思っていながらスルーしていた。
2019/1/25 所用で近くまで来たので本通りから墓所の案内板を右に折れ、民家の小路を抜け5*6分ほどで墓所の階段下に着いた。
160段ほどの階段を真っ直ぐ上ると、真正面に氏照の墓があった。
後方に家臣の墓が連なって眠っている。
さほど広いとはいえないが、墓回りは手が入っているらしく、こぎれいにされていた。
恐らくご近所の方々で、時折手を入れておられるのでしょう。
派手さはないが城跡まで来られた際には八王子城建立の立役者である氏照の墓所に寄ってみてほしい。
もう少し明るさがほしい。
無数の経年劣化した墓石に物悲しさを感じます。
ガイダンス施設から少し距離がありしかもかなりの数の階段を登った所に在る為か、訪れる人は少なそうです。
清水中世史研究所として、北条氏照公と御家臣を研究させて頂いております。
私の中世史研究の最も重要な方が氏照公なのです。
この墓所は、研究所を開設する以前から訪れていました。
母方の先祖が、氏照公の家臣なのです。
志村将監です、三つ鱗翁物語を書かれた方も居られます。
氏照公の墓塔の後ろに御家臣のお墓が、あります。
あまり見るところなし。
表の道から民家の脇を抜けて中に入り、案内板に従い木材で固定された階段の山道を登ったところにあります。
正直、運動不足だったのでかなり疲れました。
お墓がある所は、周りを木々に囲まれていますが多少開けており、その奥に氏照のお墓があります。
その周りや裏手に家臣たちのお墓が幾基もあり、主従の結束力の強さが窺われます。
私が行ったとき、花が手向けられていたので、今でも誰かがお墓をお守りしているのだと思い、感に入るものがありました。
名前 |
北条氏照の墓所 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
3.6 |
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北条氏照は小田原城下で切腹。
この墓は氏照の百回忌に、中山信治という人物によって建てられた。
この人は、宗関寺の梵鐘も寄進している。
地面の見逃しようのない矢印の案内に従っていくと、氏照の墓の標識がある。
山の中では、違和感を感じるほどのきちんと整備された階段がある。
地元の人が、「あそこまで62段、その先が100段」と指差し「頑張って!」の声と共に教えてくれた。
氏照の墓は家臣達の墓を従えて、上り詰めた所にある。
家臣達の墓石はいくつもないが、眠っている数はいくばくであろうか。
この日は、生花が供えられていた。
氏照はここで生きている。