昔(と言っても数十年前ですが)は出店がでるなどして...
昔は縁日もあって祝町の代表的な郷社でした。
本来はいまの海門橋の袂にある銅像にあったものが現在地に移動してきたのですが、由緒はないとの事。
また幕末期には大砲を据えつけて対岸にある湊御殿にむけて焼け玉を放ってます。
故にドンドン山という異名もあります。
昔は祝町は女郎街でもあったので天妃さんが祀られたのでしょう。
海上波風の難を救う神。
だから境内に錨があったんですね。
大洗水辺プラザ散策マップに入っている場所。
石段をちょっと登ります。
小さな高台の神社です。
オナガが賑やかに鳴いていました。
地元の方々が見守る昔からのお社です毎年4月には祭りがあり、昔(と言っても数十年前ですが)は出店がでるなどして子供時代の楽しみの1つでした。
ひっそりとしている。
境内に上がる階段前には大抵水が流れている。
どうやら湧き水らしいが、周りは民家や私有地に囲まれており、水源は確認できない。
参拝者が訪れている様子がなく、寂しい神社でした。
日本武尊のお后さんの神社でした。
ロードパークから近くにある小さな神社です。
日本武尊(ヤマトタケルのみこと)の愛妃で、相模から上総の遠征に付き添ったが、海の神が女を乗せていると怒り海が荒れて上陸できず。
自ら身を投げて、鎮めたと。
その際にあちこちに、櫛や腕などが漂着した地に神社を奉った。
因みに、こちらは櫛が漂着。
戦前は開運橋の際にあり、松明を灯して灯台の役目をはたしていたから漁師の信仰が厚い。
米軍が港湾管理上、移転させた。
観光名所という訳ではありません。
地元の人の信仰の場です。
非常に静かな場所でした。
水戸藩主 徳川光圀公縁の神社だそうです。
海上風波の難を救い給う神として漁民達が信仰したそうです。
小高い山の上にあり、とても静かで小さな神社です。
海の神様が祀ってあるため、境内には錨がいくつかお供えしてありました。
名前 |
弟橘比賣神社 |
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ジャンル |
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住所 |
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関連サイト | |
評価 |
3.7 |
海の近くで波の音を聞きながら参拝出来るのが魅力的。