昭和40年代に出版された東上線各駅停車の旅,という...
昔は、橋のたもとに墓石みたいな感じで鎮座していたそうで、昭和40年代に出版された東上線各駅停車の旅,という本にその写真が載っていた。
今もあるようで下頭六蔵菩薩乃塔,と書かれているのは、死んだ後に菩薩様に救われるようにという意味を込めて刻んだそうで、これは只の石碑じゃなくて六蔵のお墓なんです。
まぁ、これだけ改装したんだから、さすがに遺体は別の場所に埋葬したんでしょうね。
この前にある道が昔の川越街道で、橋の袂に街道第一宿の上板橋宿があったそうだ。
宿場町というのは公共の流通ターミナルのようなもので、人足や荷馬車を常備した場所を指し、娯楽時代劇に出てくる宿屋はあくまでも民営のものだから、利益が出ない宿場町にはなかったそうです。
ここは中山道の板橋宿から目と鼻の先にあるから当然宿屋はなくて、川越街道沿いの作物を集める集荷場だったらしく、昭和の初めまであったそうだ。
又、上板橋宿という名は、ここが北豊島郡上板橋村だったかららしい。
東上線の上板橋駅は下板橋駅の次の駅だったそうで、そこが寒村だったから地名を駅名にしてもわからないだろうということで、下板橋の北という意味で上の字をつけたに過ぎないそうだ。
旧川越街道の祠。
小さいが綺麗に整備されています。
乞食の六蔵。
ちゃんとお祀りされていることがよくわかる。
板橋区の登録記念物だそうです。
名前 |
下頭橋六蔵尊 |
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ジャンル |
/ |
住所 |
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評価 |
3.7 |
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地元の皆さんが丁寧にお祀りされてます愛されてるお地蔵さんです。