静かな場所を求めて日本橋界隈を歩いていました。
新亀島橋西側の新亀島橋児童遊園内に「戦災遭難死者慰霊碑」があります。
新亀島橋のたもとにえる慰霊碑ですが、綺麗な花が手向けられています。
21/4月訪問地元の方が手向けられたのか花が飾られていた戦災遭難死者慰霊碑の隣は「大震火災遭難者追悼碑」(関東大震災)となっていた事施設のないこの地が空襲の目的地であったのか他の延焼で火災にあったのかでは当時の米軍の意図が変わる。
震災の不条理さはもとより、戦争のむごたらしさ伝えてくれる方達もほとんどいなくなる中で、このような碑が増えないことを願うしかありません。
この様な慰霊碑を見ると思う事。
今の自分たちは、過去の出来事の先にいる事を忘れてはいけない。
同じ過ちを起こさない様にしないといけない。
だからと言って過去にとらわれすぎてもダメだと思う。
ただ、忘れないためには必要な場所。
悲しい歴史を伝えています。
石碑の数が増えないことを祈ります。
空襲での戦没者慰霊碑のようです。
遠い昔のことのようですが、現実にここであったんだな…と身が引き締まるようです。
空襲による戦没者の慰霊碑。
昭和二十年三月十日夜半の空襲により全町焼失の際に遭難された霊を慰むる碑。
名前 |
戦災遭難死者慰霊碑・大震火災遭難者追悼碑 |
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ジャンル |
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住所 |
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営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
関連サイト | |
評価 |
3.8 |
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ある日、私は都会の喧騒から逃れ、静かな場所を求めて日本橋界隈を歩いていました。
ふと目に留まったのは、小さな公園の一角に佇む二つの石碑でした。
それらは「戦災遭難死者慰霊碑」と「大震火災遭難者追悼碑」であり、過去の悲劇を静かに語りかけているようでした。
この場所は、東京都中央区日本橋茅場町に位置し、最寄りの地下鉄駅から徒歩数分の距離にあります。
周囲はオフィス街でありながら、この一角だけは時間が止まったかのような静寂が漂っています。
まず目に入ったのは、「戦災遭難死者慰霊碑」でした。
この碑は、昭和20年3月10日の東京大空襲により全町が焼失し、多くの命が失われたことを追悼するために建立されました。
碑の表面には「戦災遭難死者慰霊碑」と刻まれ、裏面には「昭和二十年三月十日夜半の空襲により全町焼失の際に遭難された霊を慰むる碑」と記されています。
建立は昭和53年3月10日、茅場町二、三丁目町会有志によるものです。
総務省隣には、「大震火災遭難者追悼碑」がありました。
これは、関東大震災時の大火災で命を落とされた方々を追悼するための碑です。
関東大震災は大正12年9月1日に発生し、東京を中心に甚大な被害をもたらしました。
特に火災による被害が大きく、多くの方々が避難途中で命を落とされたと伝えられています。
私は碑の前で手を合わせ、静かに目を閉じました。
遠くから車の音が聞こえるものの、この場所だけは別世界のような静けさです。
過去の悲劇に思いを馳せ、平和の尊さを改めて感じました。
この公園は、周囲のビル群とは対照的に緑が多く、季節ごとに異なる表情を見せてくれます。
春には桜が咲き、訪れる人々の心を和ませます。
また、秋には紅葉が美しく、静かな時間を過ごすのに最適です。
訪れる人は少なく、静かに過ごすことができますが、慰霊碑の前では敬意を持って行動することが求められます。
また、周辺はオフィス街のため、平日はビジネスマンの姿が多く見られます。
訪れる際には、周囲の環境にも配慮すると良いでしょう。
帰り道、私は心の中に小さな灯がともったような感覚を覚えました。
過去の悲劇を忘れず、平和な未来を築くために、私たち一人ひとりができることを考えるきっかけとなりました。
もし機会があれば、ぜひ一度足を運んでみてはいかがでしょうか。
歴史の一端に触れ、心に深い感慨を抱くことができる場所です。