神田明神には、いろんな碑があります。
この一帯、周囲の桜がとても綺麗に咲くんだ。
江戸時代中期ごろ、国学者であった荷田春満が、神田神社神主の芝崎邸内で国学を説いたことから建てられた碑であるとのことです。
それ以前の学問は中国から渡ってきた儒教など、外国由来の学問が殆どだったので、国学が広がっていくことは特別なことだったようです。
神田明神には、いろんな碑があります。
国学四大人の一人。
荷田春満が江戸に下向し、初めて塾を開いたのが、この神田神社の境内だったという。
なお、四大人の他の三人は、賀茂真淵・本居宣長・平田篤胤。
国学は幕末・明治期のナショナリズムの思想的バックボーンとなった。
それを作り上げた人物であるからして、日本版グリム兄弟の様なもの、と喩えても問題はないだろう。
深く突っ込むとキナ臭くなるというか。
色々対立を煽る話になってくるので、コメントは避けるが、良くも悪くも、明治以降の日本の方向性を決定付けた人達である。
石碑と案内板があります。
目立たない場所にあります。
名前 |
国学発祥の地 |
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ジャンル |
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住所 |
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関連サイト | |
評価 |
3.4 |
具体的な内容はわからないがここから日本の学問がはじまったって事?他の人のレビューで意味をざっくり理解しました他の人の読んでね。