荘厳な雰囲気の神社御朱印は中禅寺で書置きで頂けます...
鳥居をくぐったら一気に体感温度が下がる感じ、荘厳な雰囲気の神社御朱印は中禅寺で書置きで頂けます。
塩野神社は、深い森に囲まれた古きを物語る建物がある神社だそうです。
観光客もあまり来ない静かな中に楼閣造りと呼ばれるニ階建の拝殿がありまた。
夏に三拝にお伺いしたので蚊が多かったです。
歴史のある神社さん。
661年に出雲大社の分霊を独鈷山の鷲岩に勧請されました。
のちに参拝が不便ということがあって遥拝所であったこの場所に移されそうです。
境内は静かで落ち着く感じがします。
拝殿は2階建ての桜門形式で棟梁である末野忠兵衛さんの作品。
ちなみに諏訪大社も末野さんが関わっているようです。
『信州の鎌倉』とも呼ばれる塩田平には沢山の古里名刹が在ります。
『国宝の塔』を有する仏閣や有名な『観音様』などが余りにも有名な為、どうしても時間に制約が在る場合、除外されがちな『鹽野神社』のですがズバリ行くべきです。
但し観光用に開発されていませんので駐車場・トイレ。
自販機などは在りません。
近くに在る『中禅寺』の駐車場が利用できます。
何故か『鹽野神社』の御朱印も『中禅寺』さんが管理しています。
『一の鳥居』は西に300m程離れた道路脇に建っています。
以前この鳥居から『流鏑馬』が行われていたとか。
『二の鳥居』を潜ると杉木立の中の参道を進みます。
川に架かる『太鼓橋』は屋根付きで、東信地区では他に『鹿教湯・五台橋』位しか存在しません。
苔の多い境内にはそこかしこの大石の上に祠が祀られています。
特筆すべきは『拝殿』の白塗り二階建て楼門造りと、『本殿』の彫刻です。
特に『月見堂』へと続く坂道から観る『側面の天女』は必見です。
時間と足越に余裕が在れば登り20分程の『月見堂』でお茶とおにぎりタイム。
水の流れ(マイナスイオン)と杉並木(フィトンチッド)。
私にとって間違いなくパワースポットです。
地元で何度かお参りしていますが、非常に古い信仰の形もうかがえる、伝統のある神社です。
流鏑馬の神事があったという道、山を背負った形の配置、神橋、拝殿の美しい細工、磐座と見所があります。
はっきりとした駐車場はありません。
晴天の初秋に訪れました。
あじさいの小路を歩いた先に神社があります。
鳥居はさらに先にあり、その間で昔は流鏑馬(やぶさめ)も行われていたようです。
神社には杉並木から入ります。
急に木陰になるせいでもありますが、空気の質が変わる気がします。
神聖な心落ち着く空間です。
屋根つきの神橋が塩野川に掛かり、いよいよ神域に入ります。
神橋から神社の拝殿が見えますが、二層式の他に類を見ない拝殿です。
静けさが気持ちを引き締めてくれます。
敬虔な気持ちが湧いてきます。
拝殿も本殿も彫刻が施されています。
全体に白い神社です。
御朱印は近くの中禅寺で書き置きですが、いただけます。
おすすめの神社です。
社殿に向かう前に、川に橋がかかっているのが、いい雰囲気。
しかも屋根付きで回廊みたいになっている。
異世界に訪問する雰囲気を味わえる。
独鈷山の山頂の鷲岩という巨岩に奥宮がある参拝が難しい為麓に移された延喜式の式内社 鹽野神社の論社降水量の少ない塩野平において水を祀る神社中世には塩野明神と称され武田信玄や真田昌幸などから社領を寄進される社叢の中には沢山の祠が祀られ一の鳥居から二の鳥居まで馬場になっていて流鏑馬神事が行われていた拝殿は二階建楼閣造流造本殿彫刻で市の指定文化財となっている参道の杉並木から空気が変わるが塩野川にかかる神橋を渡ると一層空気が変わる木漏れ日の中神域の中でも柔とした空気が流れ拝殿右側に点在する磐座も素晴らしい。
塩野神社しおのじんじゃ長野県上田市前山字塩野1681祭神素盞嗚尊大己貴尊少彦名尊社殿への参道にはたくさんの磐座があり原初的な信仰が伺えます本殿の前に建つ「勅使殿」=拝殿は2階建ての楼閣造りで素晴らしい本殿彫刻もすばらしい2021/9/2 参詣。
あじさい小道の終着地点にある神社です。
川に掛かる橋を渡ると、塩野神社の拝殿と本殿があります。
日本遺産でトトロを彷彿とさせ、その一角だけ時が止まったよう。
磐座がたくさん!
中禅寺のすぐ近くです。
荘厳な佇まいでした。
延喜式神名帳に記載のある「鹽野神社」の論社。
由緒によれば、白鳳元年に出雲大社から勧請したとされる。
現在の祭神は素盞嗚尊・大己貴尊・少彦名尊だが、神名帳では一座とされるので、由緒からすれば元は大己貴尊(大国主命)であったと思われる。
武田信玄や真田昌幸からも崇敬され、幕末期の社領は約五石、明治6年に村社、その後、郷社、昭和19年には県社に昇格した。
現在の拝殿は楼門造りの江戸時代に作られた二階建てで、これは諏訪大社下社の造り(幣拝殿が一体化した二重楼門)に似ている。
本殿は一間社流造で素晴らしい彫刻が施されている。
境内には屋根を持つ太鼓橋状の神橋もあり、荘厳な雰囲気が漂っている。
御朱印は、お隣にある中禅寺にていただけますが、書き置き対応となります。
磐座がある神社です。
諏訪下社の社だけが少し離れています。
おそらく好かれてないからでしょう。
2019/08/23 再訪自然の山の中に包まれているかのような神社。
大昔は近くの独鈷山の山頂辺くの鷲岩という巨岩に祀ってあったのを、この場所に移したらしい。
神社の前には太鼓橋があり、その下には独鈷山の湧き水が流れている。
西暦873年には書物に記述があるそうなので、少なくとも1100年以上の歴史のある神社。
神様とか信じない無信心人間だけど、毎回ここへ来ると、自然の畏怖と言うか、自然の神様のような存在を感じる。
2017/07/17平安時代から続く森の中に抱かれたような神社。
拝殿は、めずらしい「楼閣造り(桜門造り)」。
参道を入って行き塩野川に架かる屋根付きの太鼓橋の正面が拝殿。
足を運んでみると塩野神社がパワースポットと言われるのも納得。
難しい事はわからないけれど、山の伊吹を無意識に感じる。
少し離れたところ(約300m)に二の鳥居があり、江戸時代は一の鳥居から二の鳥居の間で流鏑馬が行われていたとか。
とても凛としていて良い。
2018.8.19に参拝。
山の中の静謐な神域でした。
独鈷山〔とっこざん〕の北の山麓に位置し、その古さを物語る大きく深い森につつまれた神社が前山の塩野神社です。
神社の前には太鼓橋がかかっていますが、その下には独鈷山の清らかな湧き水が滝となって流れ、それがやがて本流の産川と合流して塩田平を潤〔うるお〕しています。
塩野神社はかつては独鈷山の山頂辺くの鷲岩という巨岩に祀〔まつ〕ってありました。
後に人里近いこの場所に遙拝所〔ようはいじょ〕としての御門屋〔みかどや〕が建てられ、その後本殿もこの地に移されたといわれています。
塩野神社は水の神様であるといわれています。
なお、この社殿の南側に大きな岩が立ち並び、その上に石の祠〔ほこら〕があります(写真参照)。
これを「盤座〔いわくら〕」といいます。
盤座というのは、神がお下〔くだ〕りになる岩場のことで、神様の御座所です。
その原形は有名な大和(奈良県)の三輪山〔みわやま〕などに求められますが、このことは塩野神社の信仰の起原を知る上に大変貴重です。
今から1100年前の貞観十五年(873)四月五日「信濃国塩野の神」に正六位上という位〔くらい〕がおくられた記事が『日本三代実録』という書物にのせられています。
それから50年程後に出来た『延喜式」という書物に「式内社」としてのっています。
社殿は江戸時代の建築物です。
拝殿は寛保三年(1743)、本殿は寛延三年(1750)のものと考えられています。
拝殿は写真のように、間口、奥行共に同じ長さで、楼門造りといって二階建てになっています。
屋根は切妻〔きりづま〕で銅板葺です。
軒の組物などに朱色の色付けがされています。
なお二階建ての拝殿は県内では珍らしく、建築の形式上貴重な建物です。
また拝殿の正面に「勅使殿〔ちょくしでん〕」の額が掲げてあります。
これは本来の御門屋〔みかどや〕のことを御帝屋〔みかどや〕と呼びますので、後に勅使殿と書いたものでしょう。
本殿は「一間社流〔いっけんしゃなが〕れ造〔づく〕り」といいます。
間口、奥行の長さはほぼ同じで向拝〔ごはい〕といって本殿の正面の階段の上に張り出した庇〔ひさし〕がついています。
屋根は銅板葺です。
軒の垂木〔たるき〕だけが朱色に着色されています。
本殿は特に彫刻の美しさが目を引きます。
小脇の壁にある、上り竜、下り竜の透〔すか〕し彫り、向拝住や虹梁〔こうりょう〕に刻まれた象、また建物の正面、側面の梁や虹梁にある雲形などすべて彩色がほどこされた彫刻です。
大工棟梁は末野忠兵衛とありますが、この一族は上田房山に住み、代々工人として主に社寺建築に精通し、当地方に残した多くの業績は高く評価されています。
なおこの両社殿は、18世紀中頃の様式をよく備えた建物として、当地方に残る代表的建築物です(*)。
またこの神社には建物の歴史と言える棟札が、文明年間より今日まで30枚そろっていることや「甲子〔きのえね〕大祭」といって60年毎の神事が継続される。
非常に幻想的な雰囲気でした。
名前 |
塩野神社 |
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ジャンル |
/ |
電話番号 |
0268-22-4100 |
住所 |
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関連サイト | |
評価 |
4.3 |
上田房山の名工 末野忠兵衛が建てた一間社流造の本殿と拝殿楼門形式の拝殿は長野県では諏訪大社とここにしかない珍しい造りです彫刻も素晴らしい武田信玄や真田昌幸、信之の信仰も厚かったそうです。