知恩院の末寺で約400年前のお寺です。
門が閉まっており、通用門みたいな所に張り紙、門を開けて、くぐると音がする。
と、ご住職が出てくる。
墓参りをしたいと申し出ると新選組ならここを通り、一番奥と教えてくれる。
山南敬助、近藤勇ら首脳陣との確執から新選組から脱走、途中沖田総司に連れ戻されるも、隊の規則違反と切腹させられる。
NHK大河で切腹の時の明里(あけさと:山南の女)との窓越しの言葉に涙した。
その山南や多くの隊士、そして沖田総司の恋人の墓?がここに有る。
因みに2004年、大河ドラマ山南敬助役は堺雅人でした。
一般の檀家のお墓も一緒、更に回りは民家、絶対黙祷、清掃やお花等代等管理費も必要、ならば2.3個の硬貨は置いて帰ろう👌
新選組関連史跡です。
文久3年末~慶応3年末頃までに亡くなった新選組諸隊士の墓碑があります。
新選組の副長、総長であった山南敬助の家紋とこちらの寺紋が同じ、その当時の住職さんと山南さんが同い年だったということで新選組と繋がりが出来たそうです。
中に入れますが、あくまで“お参り(参拝料百円)”という形で中に入ることが出来ます。
その上で御朱印(三百円)も頂けます。
お参り前には、ご住職もしくは、ご住職ご夫人(私が伺った際にはご夫人からご説明を受けました。
)から墓碑等の説明をして頂けます。
隊士墓碑だけでなく本堂にも上がりお参りが出来ます。
ゲームやアニメなどの影響で『行きたい』と思う方もいるかもしれませんが、決して軽い気持ちで赴くような場所ではありません。
しっかり敬意を持ち、慰霊・供養の意味を込めて参拝して頂ければと思います。
新撰組の 墓参りでないと 境内にも入れないということで、住職さんから説明を受けた。
話は納得できたので 門から覗き込んで 撮影しただけ。
新選組の隊士のお墓があります。
「副長・山南敬助」の墓もお参り出来る。
観光寺院では有りません。
維持費の協賛金?(寸志ですが)要ります。
なを、「沖田総司の縁者」の気になるお墓もあるそうな(独り言)
門は常に閉じている状態のようで、左隅の小さな戸から入ります。
光緑寺は新選組の隊士である山南敬助が葬られているお寺になります。
これは光緑寺の家紋が山南家と同じ家紋であったことからそのようになったそうです。
住職にご朱印をお願いして、墓地の中を参拝しているとぽつんと山南敬助と書かれたお墓がありました。
知恩院の末寺で約400年前のお寺です。
新撰組の墓があります。
入場料100円住職にこのお寺と新撰組の関連を聞きまた訪れたいと思いました。
隊士1人1人が確かに存在していたこと感じられ、静かに向き合える場所です。
有名な隊士も何人か葬られていますが、観光ではなく、静かに弔い思い偲ぶ場所という印象です。
供養料100円。
小分けにされたお線香も1束50円で購入してお墓に手向けることができます。
(2019年9月時点)
新選組隊士と、山南敬助さんのお墓があります。
中に入ると、時代の流れの中での新選組なのお話が聞けます。
なんと、山南敬助さんと、このお寺の家紋から、山南さんと新選組隊士のお墓を建てる事になったそうです!新選組のファンなら絶対に行きたい場所。
新選組巡りなさるなら、まず此処に手を合わせに行きましょう!ご住職のお話が、とても勉強になるし楽しいです。
そして、ご本堂の前には、とても珍しい佛手柑が成る木が植えられております。
慶長18年(1613)に創建された浄土宗のお寺で、知恩院の末寺にあたります。
新撰組と縁が深く、多くの新撰組関係者の墓があります。
お参りさせていただきました。
住職さんに御朱印をいただきました。
静かなお寺さんです。
山南敬助総長をはじめとする新撰組隊士らと、沖田総司の縁者(一説には姉)の墓。
梅田に墓のある大阪新撰組を率いていた7番隊長・谷三十郎もこちらに分骨されていたりする。
この寺が新撰組と関わりがあるのは、屯所のあった前川家や八木家から近いこともさることながら、寺の瓦に刻まれていた「丸に右離れ三つ葉立葵」が、偶然山南家と同じ家紋であったことが大きい。
これが縁で山南と当時の住職との間に交流が生まれ、屯所で亡くなった隊士が埋葬されることになったという。
山南自身も前川家にて沖田総司の介錯で切腹し、この寺に埋葬されている。
寺務所に、そのいわれのある瓦と、埋葬されている隊士の一覧表があった。
埋葬されている隊士らは山南をはじめ20名余。
かつては御陵衛士となった隊士らの墓もあったそうだが、現在は別の場所へ移されている。
また、隊士の墓石は、今より北側の、現在の京福電鉄架線にあったもののうち、いくつかをこちらに移築したものだそうで、遺骸は掘り起こされず現在も線路の下にあるという。
また沖田の縁者とされているのは、山南の恋人で、前川家での格子戸の別れで有名な明里のものだという説もある。
(NAGAYAMA HIROAKI氏 談)
山南敬助総長をはじめとする新撰組隊士らと、沖田総司の縁者(一説には姉)の墓。
梅田に墓のある大阪新撰組を率いていた7番隊長・谷三十郎もこちらに分骨されていたりする。
この寺が新撰組と関わりがあるのは、屯所のあった前川家や八木家から近いこともさることながら、寺の瓦に刻まれていた「丸に右離れ三つ葉立葵」が、偶然山南家と同じ家紋であったことが大きい。
これが縁で山南と当時の住職との間に交流が生まれ、屯所で亡くなった隊士が埋葬されることになったという。
山南自身も前川家にて沖田総司の介錯で切腹し、この寺に埋葬されている。
寺務所に、そのいわれのある瓦と、埋葬されている隊士の一覧表があった。
埋葬されている隊士らは山南をはじめ20名余。
かつては御陵衛士となった隊士らの墓もあったそうだが、現在は別の場所へ移されている。
また、隊士の墓石は、今より北側の、現在の京福電鉄架線にあったもののうち、いくつかをこちらに移築したものだそうで、遺骸は掘り起こされず現在も線路の下にあるという。
また沖田の縁者とされているのは、山南の恋人で、前川家での格子戸の別れで有名な明里のものだという説もある。
(NAGAYAMA HIROAKI氏 談)
山南敬助の墓と沖田総司の供養墓が有ります。
又、門近くには、住職の植えた仏手柑が有りますよ、注意!普段は門は閉ざされていますので、左手の潜り戸を開けてお入り下さい、拝観料は備え付けの箱が置いてあり、100円を入れて、説明書を取り墓所に行って下さい。
名前 |
光縁寺 |
---|---|
ジャンル |
/ |
電話番号 |
075-811-0883 |
住所 |
〒600-8389 京都府京都市下京区綾小路通大宮西入四条大宮町35 |
関連サイト | |
評価 |
4.1 |
新選組縁の寺院で100円て観賞できます。
山南敬助屋他の隊士のお墓もあります。
御朱印も書いていただけます。