ここからの景観も勝るとも劣らずです。
圓福寺(大可島城跡) / / / .
ここのお寺よく訪問しますので写真を一枚撮っておきました気持ちのいい日だったので綺麗だと思います裏手は海になっているいので👍
仙酔島を一望出来る高所の古刹です。
仙酔島を眺めるに屋外からでは最も高い位置になるのではないかと思います。
眺めが非常に良いです。
高台にありますので景色がとても良いです。
常夜灯も弁天島も見渡せます。
道中の人懐こい猫たちも可愛いです。
猫好きにはたまりません。
もともとこの辺りは島で、干潮時に渡れることができたそうです。
かつては大名の宿泊地にもなったこともある鞆の浦を代表するお寺ですが、同じく鞆の浦を代表するお寺である福禅寺と比べると少し地味な様子が否めません。
ちなみにお寺に至る坂道にはねこがいるようで、私が訪れた時には黒猫がいました。
ただ暑くてバテていたのか、ずっと寝ていました。
また、雨の日の後あるいは雨が降った後になると、お寺に至る坂道は水浸しになるので、靴や服が濡れる可能性があります。
階段も急なところがあるので、注意が必要かと思います。
猫目当てで行きました。
早速黒猫が歩いて出てきてくれ、テンションが上がりました!人によく慣れていて、近づいても逃げません。
トラ猫も出てきたのですが、こちらは近寄ると逃げてました。
すぐ近くに猫の小屋もあり、こちらは猫募金活動をしてました。
鞆の浦の景観スポットと言えば福禅寺(対潮楼)ばかりが有名ですが、ここからの景観も勝るとも劣らずです。
観光地化が顕著な福禅寺と異なり参拝者はほとんどいないうえ、猫がたくさんいます。
本堂も見晴らしを意識した造りになったており、落ち着いた心持ちで景観を楽しめます。
タイミングが悪かったのかトレーナーの上下という出で立ちではあったものの、御住職には丁寧に対応いただき、御朱印帳に御朱印も授かりました。
有態に言えば地味なお寺ですが、観光名所と化した福禅寺にはない魅力があるので、鞆の浦を訪れた際はお立ち寄りをお勧めします。
鞆の浦の半島状になっている立地、小高い石段の上に立つ圓福寺。
織田信長に追放され、備後国へと下向した足利義昭が鞆城に滞在していたことから、警護として村上亮康が大可島城に在城していたといわれる。
大可島城は現在の円通寺の境内一帯に築かれていた。
境内近くには猫が多い。
風光明媚。
守将の墓あり。
普通のお寺です。
裏手は墓地になっていて眺めはとても良いです。
そこに三毛猫がいて出口まで案内されました。
市営駐車場の方から猫の細道を登ってくればあります。
猫3匹に遭遇しました。
神仏習合期の名残なのか、寺までの石段に鳥居があったり、境内に注連縄を張った祠がある。
鞆の浦の猫の細道。
訪れたときは3匹いてずっと寝てました。
のどかで癒やされます。
片足がないキジトラ猫がいました。
元気に後をついて来て撫でたら気持ち良さそうにしてました。
このあたりは猫か多いです。
ネコが自然に寄ってきます。
「エサを与えるのではなく、募金をお願いします」らしいです。
鞆の浦の〔圓福寺〕に芭蕉句碑がある。
疑ふなうし保のはなも浦の春。
人懐っこい猫ちゃん逹がいました。
いろは丸事件で紀州藩が滞在した寺ですが、今は猫好きにはたまらない場所ですよ。
名前 |
圓福寺(大可島城跡) |
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ジャンル |
/ |
電話番号 |
084-982-2508 |
住所 |
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評価 |
3.8 |
◎何だか覇気のない寺と侮らないで!⚫︎かなり歴史的怨念のこもる場所です。
⚫︎昔は、島で「大可島城」という城があった。
⚫︎南北朝時代には、この城を巡る攻城戦あり。
・南朝「桒原信重」 vs北朝軍の戦い。
・城を守る南朝方は全滅😭⚫︎戦国時代は村上水軍の拠点の一つ。
⚫︎ここが寺になったのは、江戸時代初期のこと。
◎訪問して気づいたこと。
⚫︎森下仁丹創業家の墓所がある。
⚫︎裏側に回ると海が見える。
⚫︎屋根のてっぺんのデザインが面白い。
⚫︎黒い猫が横切った🐈u200d⬛(猫がウロウロしている)