江戸時代から続く歴史ある良い神社です。
のぼうの城で有名な忍城へ城攻めしてきました(笑)難攻不落の城と言われるだけあり落城できませんたね(笑)今は期間限定でイベントもやってます武士のかたもとてもノリがよく楽しかったです昭和の懐かしい黒電話やミシンの展示ハニワや世界大戦の品々なとあり行田の歴史、日本の歴史も学べました近くに東照宮の神社もあります。
2021/7/12家康の孫の松平忠明が1625年家康の肖像画を祀り大和国郡山城内に建立しました。
松平家移封の度に遷座し最後に行田に辿り着く事になります。
維新後祭祀断絶の危機を乗り越え、さきたま古墳群近くの場所から現在の諏訪神社内へ本殿を移しました。
現拝殿は1930年の造営です。
尚、国道の鳥居をくぐって左手40mの参道の奥が東照宮です。
正面が諏訪神社です。
諏訪神社は忍氏がこの地に館を建てた1190年に建立されました。
忍城の駐車場に車を駐めて歩道橋で国道を渡りました。
数年前 行田で仕事をしてましたが歴史に全く興味がなく眼中に非ずって感じでしたが、行田は歴史が大好物な方にはご馳走ですねぇ😂 隣は国道が走り車の音が賑やかですが、お生い茂る木々が現実を忘れさせるような空間でしたよ🎵社務所に面白い自販機がありました❗️普段は宮司さんいないのかな?
埼玉県行田市にあります。
国道125線沿い行田市郷土博物館の前にあります神社です。
博物館の見学あと神社に駐車場が無いと聞き博物館に車を止めたまま参拝しました。
博物館より神社に行く歩道橋がありますが、令和3年10月半ば現在で通行止め工場中です。
社務所は無人で御朱印は箱の中に書き置き2種類(東照宮と諏訪)があり料金箱に入れます。
敷地内には忍諏訪神社があります。
行田市本丸に鎮座。
関東七名城の一つしのぶ城下に鎮座していましたが、明治維新後に現在の地に遷座しました。
社務所の前に、書置き御朱印がありました。
東照宮関連の御朱印欲しさに参拝させて戴きました。
御朱印は書き置きで木箱に入ったものをセルフサービスで戴けます。
忍城趾の見学を終え、JR高崎線吹上駅行きのバスを待っていると、頭上に歩道橋からの水滴が落ちて来た。
古い歩道橋を渡る者はなく、その行き先は木立に消えている。
バスが来るまで時間があるので、その先に興味が湧き渡ることにした。
橋の袂には恐ろしい犯罪防止の案内の柱が立ち、日暮れとのこともあり躊躇した。
忍藩は譜代大名であり、東照宮があることは何の疑問もないが、鳥居からの参道の行く手を阻む大木は如何なものか。
生い茂る木々の手入れもおざなりで、参拝はお薦めしない。
埼玉県道128号線沿い、忍城の向かい側に鎮座する忍東照宮列びに諏訪神社。
県道沿いとは思えない佇まいが気持ちを落ち着かせます。
御朱印は、コロナ禍の為書き置きになりますが、200円の初穂料と300円の初穂料の2種類あります。
御守は自動販売機。
御朱印は書置のセルフ方式でした。
現在は諏訪神社と一緒の境内に鎮座しています。
以前は忍城内に有ったようですが城郭取り壊しの際、こちらにうつされたようです。
御祭神は皆さんも知っていると思いますが徳川家康命、松平忠明命、八幡大神となります。
御朱印は諏訪神社と一緒に書かれます。
東照宮と聞いて、行かないわけにはいきません。
忍城の周辺を調べていたら、直ぐ近くに東照宮とあったのです。
では早速と思い、参拝。
華やかな東照宮とは違い、質素な作りで、静かな場所に鎮座してます。
目の前は国道が走り、車の往来も多く、渡るのはやや危険なため、歩道橋が作られています。
忍城側から行くときには、その歩道橋を渡ると、降りた先が東照宮の入り口です。
一歩足を踏み入れただけで、喧騒が嘘のように静かになります。
参拝者はほとんどいません。
社務所も無人です。
他の方のクチコミによるとやっているときもあるようですね。
珍しいお守り自販機もあるので、是非、見に行ってみてはいかがでしょうか。
江戸時代から続く歴史ある良い神社です。
書き置きの御朱印を頂きました。
社叢に大木も何本かあり、手水には常に水が流れています。
個人的には交通安全に効果があった感じです。
遠方から参りましたが、無事帰還できましたよ😃
古い神社で風情があります。
社務所が空いてないときは、お守りが自販機で売られています。
御朱印もありました。
参拝時、パワーをもらったような気がした。
すいてるし雰囲気いい。
忍城と国道をはさんで反対側に忍東照宮・諏訪神社があります。
東の鳥居から境内に入って、すぐ右てに神社の社殿があります。
由緒によると、諏訪神社は八十二代後鳥羽天皇の建久(1190年頃)に鎮座したのが始まりのようで、成田親泰(ちかやす)が延徳3年(1491)に、忍城を構築した際、諏訪社を城鎮守としたのだそうです。
現在の社殿は、昭和36年(1961)造営のもの。
諏訪神社での参拝を終えた後、参道を左手進むと、鳥居がありますが、扁額には、諏訪神社と東照宮の連名になっています。
忍東照宮は落ち着いた雰囲気を漂わせています。
社頭の扁額は、徳川宗家16代当主の徳川 家達(いえさと)公によるもの。
忍東照宮の御祭神は、徳川家康公はもちろんのこと、松平忠明公と八幡大神の3柱となっています。
寛永2年(1625)その肖像を社殿の造営にて、安置したことが始まりで、移封の度に遷座され、明治4年(1871年)には、藩主東京移住のために祭祀断絶の危機を迎えますが、旧藩士らの努力により、諏訪神社境内一隅に本殿を移すことに。
明治33年(1900)には藩祖松平忠明公を配祀。
現在の拝殿は昭和5年(1930)の造営だといいます。
境内の西の端に石垣が残されており現在は忍城🏯の歴史博物館に移設された釣り鐘が安置されていた。
神社の駐車場🅿️は境内の北側に数台のスペースがあるが、地元の人しかわかりません。
忍城の歴史博物館の駐車場🅿️の利用をされたほうが懸命です。
鉄道とバス🚌の利用をされる方は、吹上駅から前谷(まえや)経由で市内に向かい忍城バス🚌停留所で下車すると鳥居の側です。
お帰り前に歴史博物館の見学をされては如何でしょうか?お腹が空いたら近所にB級グルメの店もあります。
忍城真ん前にある東照宮及び諏訪神社。
こちらの東照宮は全国東照宮連合会(今のところ47社)に属しており、全国東照宮巡りで御朱印を頂く方も足を運ぶ神社です。
殆ど参拝客も見かけないので境内をゆっくり回ることが出来ます。
御朱印は書置きのものがありますが、インターホンを押して宮司さんが居れば書いていただくことも出来るはずですし、東照宮専用の御朱印帳もおいてありました。
朔日と日曜10時~16時であれば記帳して頂けます(忍諏訪神社分も)が、それ以外は書置御朱印と自販機による頒布になる様です。
駐車場も2箇所ある様です。
大きくはありませんが、すぐ横がバス通りとは思えない位、落ち着いた雰囲気の神社サンです。
東照宮とは思えない寂れた印象の神社です。
無人ですが御朱印は書き置きを自由に持ち帰れます。
御守りの自動販売機を初めて見ました。
1625年創建、村社であった。
大和国郡山城内に創建され1823年に忍城に遷座し1873年に当地に遷座された。
郷土博物館側から歩道橋、もしくは少し離れた横断歩道から行く事ができる。
同じく忍城内から遷座された忍諏訪神社が同じ社地に鎮座しており、博物館から見て左側が東照宮で正面が諏訪神社である。
神社自体の雰囲気は忍城跡よりも静かで落ち着いて参拝できる。
神社裏にはゼリーフライで有名なかねつき堂があり、行田観光の際はぜひお立ち寄りを。
・御朱印有(忍諏訪神社の社号と合わせた御朱印を拝受できます)
忍城、行田市郷土博物館から国道125号の歩道橋を渡ってすぐです。
諏訪神社と連名になっていました。
もとは忍城の城内にあった神社だそうです。
東照宮というと日光を思い出すのですが、こちらはこじんまりした神社です。
とても静かでゆっくり参拝出来ました。
忍城跡の反対側に、歩道橋を渡ると緑の奥に神社が奉ってありました。
小さいながらもずっしりしてて良かったです。
普段の日に訪れたので誰もいませんでした。
保育園の子どもたちが、にぎやかに探索、声が響いていました。
ご朱印は、社務所に小さな箱が置いてあり、日付だけ書くようにペンが置いてありました。
(17/12/13)御朱印(書置き:初穂料200円)をいただきました。
平日は無人の神社。
御祭神 徳川家康公 松平忠明命 八幡大神旧社格:村社朝日バス(JR高崎線:吹上駅発):忍城バス停より直ぐ。
秩父鉄道:行田市駅より1.2km。
道を挟んだ行田市郷土博物館の駐車場を利用させていただくのが良いかと。
郷土博物館の向かい側に鬱蒼と茂る緑の中に鎮座する神社で、東照宮と諏訪社を祀っています。
外側は余り手入れされている感じがしませんが、境内は意外と掃き浄められています。
普通東照宮と諏訪社が各々社殿が別けられていると思っていたが、社殿は同じらしく驚きました。
拝殿にかかる額は徳川16代当主の家達公の蹟によるものです。
知人からは対応が無愛想だったと聞いていたが、丁寧に対応してもらえました。
蚊が多いです御朱印あります。
忍城を巡り東照宮へとても静かな雰囲気です。
御朱印あり♪ とても静かなところ。
名前 |
忍東照宮 |
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ジャンル |
/ |
電話番号 |
048-556-2096 |
住所 |
|
関連サイト | |
評価 |
3.7 |
こじんまりとした東照宮。
社務所無人でしたが、御神印買えました。
キーホルダーじゃなくて、御守りが自販機で販売されてます。
笑笑。