高幡不動こと金剛寺の中の神社。
金剛寺の境内鎮守として創立されたもので、寺伝によると源頼義が奥州反乱鎮圧に際しここに八幡社を勧請し、のちに稲荷、丹生、高野、青瀧権現を合祀して五部権現と称するようになったと伝えられます。
この五部権現社は、現存する棟札により暦応3年1340年に創建され、寛文11年1671年に再建された江戸時代前期の社殿として類例の少ない貴重な文化財です。
以上説明板より抜粋しました。
高幡不動は安永8年1779年の大火で多くの寺宝を焼失しましたが、五部権現社殿は焼失を免れ、東京都有形文化財になっています。
源頼義の奥州征伐は前9年の役(1051〜1062)の事で、彼は八幡太郎義家の父親です。
前9年の役と続く後3年の役はセットで暗記させられたのを思い出しました。
高幡不動こと金剛寺の中の神社。
寺伝によると八幡社を勧請し、その後「稲荷、丹生、高野、清瀧権現」を合祀して「五部権現」と呼ばれるようになったと書いてあった。
名前 |
五部権現社 |
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ジャンル |
/ |
電話番号 |
042-591-0032 |
住所 |
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関連サイト | |
評価 |
4.3 |
高幡不動の境内社。
源頼義が八幡社を勧請した事に由来する古社です。
また境内では貴重な江戸時代初期の様式を残している堂宇で東京都の有形文化財に指定されています。