帆柱新四国第五十四番札所 / / / .
名前 |
帆柱新四国第五十四番札所 |
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ジャンル |
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住所 |
〒807-0075 福岡県北九州市八幡西区下上津役2丁目18−7 |
評価 |
3.0 |
『観慈亭 当山発起者、大和与市が明治十五年 香月白岩山聖福寺に奉納した絵馬の右上には、次の様に書かれている 明治六年国民暴動の事起こるや、与市あざむかれて暴動の頭となる故を以て繋獄七十余日に及ぶ云々(楽山外史撰) この間与市は、水責めソロバン責め等 言語に絶する責苦にあうもひたすら観世音菩薩を祈って免を明らかにせんことを希ふ そのため妻シナは、白岩観音に願をかけ毎夜草木も眠るという丑満時下上津役から白岩観音迄、当時は道らしい道もないやまみちを歩いて夫与市の無実を祈った遂に満願の日がきたその夜与市は、夢現の中にやさしい勢至観音菩薩が雲に乗って現れ下にいる稚児たちに勝栗を与へるのを見るこれが正夢であったのか与市は翌日無罪放免となる明治二十一年から二十三年にかけて大和与市は日本全国各地の神社仏閣を歩いて巡拝後この地に観慈亭を建立 境内の下段には四国八十八カ所、上段には西国三十三カ所の石佛を多数の方の寄進を得て奉納 』