佐野大仏に手を合わせ帰路を急いでいると、右手に赤い...
鹿嶋神社。
御祭神は健御雷命。
近所の老人会のゲートボール場。
できれば車は参道に車を乗り上げない様に。
中には入っていません。
佐野大仏に手を合わせ帰路を急いでいると、右手に赤い常夜灯?の連なりが見え隠れした。
鳥居からの眺めは、社の地味さにアクセントを与えていた。
名前 |
鹿島神社 |
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ジャンル |
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住所 |
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関連サイト |
http://www.jinja-net.jp/jinjacho-tochigi/jsearch3tochigi.php?jinjya=75904 |
評価 |
3.8 |
赤坂鹿島神社(あかさかかしまじんじゃ)主祭神 建御雷命配祀神 大日孁貴命 伊弉那美命 豊受姫命境内社 八坂神社 織姫神社 秋葉神社 三峯神社由緒天慶六年(943)十一月十九日下野武蔵守藤原秀郷公の勧請された社です。
俵藤太秀郷(藤原秀郷公)が、下総国の平将門の征伐の勅命を蒙ったので、密に常陸国の鹿島大神に戦勝祈願し、遂に逆賊を平げました。
その殊功を以て従四位下に叙せられ、下野武蔵の両守に任ぜられました。
秀郷公はますます神霊の奇験を感じ、鹿島本宮より当国佐野庄天明山唐沢城内の藤ヶ崎に奉遷し、田原家の軍守神と崇敬しました。
その後、佐野安房守基綱の代に、佐野の庄春日山(現城山公園)に移遷しました。
慶長七年(1602)秀郷の末斎藤原信吉が徳川の命により春日山に築城していたとき、本社を天明郷三海に遷祀しました。
寛永四年(1627)十一月十七日、赤坂村字西小路(現佐野市赤坂町五番町)に遷祀しました。
現今境内はこのときからのものです。
その後、寛文十一年(1671)本社再建しました。
享保三年(1718)神位宗源宣旨を以て正一位を授けられ正一位鹿島大明神と稱しました。
爾来連綿として相承け、明治五年(1872)鹿島神社と改め、村社に列せられ、現在に至ります。
(「栃木県神社誌」及び「境内掲示」より)明治三十五年(1902)成立の「下野神社沿革誌」には境内の様子が記載されています。
「社域六百五十九坪平坦の地に在り本社南向にして小杉森然たり前には枝垂櫻ありて亂發の候には風色甚佳なり」