都心部に残る珍しい城跡だが、遺構はもちろん残ってい...
足立区が、後北条氏と太田氏の戦いの最前線だった。
国府台合戦で北条が勝ち、秀吉が小田原征伐するまでは北条が治めていた。
その前線の城跡とは興味深いものがあります。
舎人孫四郎や宮城氏も調べてみたい人物・家系です。
まだ、これらの場所へは行っていませんが、コロナが収束しましたらぜひ行ってみたいと思います。
現地に行ってみれば、築城の経緯など詳しいことがわかると思います。
足立区に城の跡があるとは、思いませんでした。
赤塚城を拠点としていた武蔵千葉氏の支城。
北条家家臣の千葉次郎勝軋が居城していた。
『享徳の乱』で内部分裂した千葉氏の嫡流は滅亡し嫡子が武蔵千葉氏として一時は立て直した。
しかし『小田原の役』により滅亡。
江戸時代になると家老の土井利勝らが佐倉城として整備したため武蔵千葉氏の本佐倉城は廃城となる。
都心部に残る珍しい城跡だが、遺構はもちろん残っていない。
千葉氏によって築かれたとされるが、詳細は不明。
名前 |
中曽根城跡 |
---|---|
ジャンル |
|
住所 |
|
関連サイト |
https://www.city.adachi.tokyo.jp/hakubutsukan/chiikibunka/hakubutsukan/kids-sengokujidai.html |
評価 |
3.0 |
下総千葉氏の千葉勝胤が築いた城であったとされる。
別名 渕江城。