とても雰囲気の良い落ち着いたお寺です。
足利の名刹です。
鑁阿寺は真言宗大日派の本山。
足利氏宅跡(鑁阿寺)として国の史跡に指定されている、日本100名城の一つです。
御本尊は大日如来さま。
紅葉を楽しみに行きました。
なんといっても、樹齢550年と言われる大銀杏の紅葉が美しく、大きな気を放っています。
一度、お昼頃に境内を回り、付近でご飯を食べ、お店の探索をした後、夕暮れ時にまたお寺に戻ったところ、夕暮れの光で紅葉がキラキラと輝いていました。
昼の光の中でみるよりも数倍美しい。
「秋は夕暮れ。
」と言いますが、紅葉狩りは夕方がよいみたいですね。
2022/9/4(日)10時前に訪問、境内の西半分は公園になってるようですね、鳩や鯉の餌も売っていて、老若男女問わず人が集まり、大日様と呼ばれ地域の憩いの場となってるようです。
観光客目線での見所となると、①国宝の本堂、国指定重文の一切経堂・鐘楼、県指定文化財の多宝塔・楼門等の文化財②今回はタイミングが合いませんでしたが、樹齢およそ650年と言われる天然記念物の大銀杏③石畳の参道でのグルメになりますかね。
足利市での観光となると、あしかがフラワーパーク+足利織姫神社+鑁阿寺+足利学校辺りだと思うので、1日で余裕を持って回れる点は良いですね。
とても手入れのされた寺院でした。
紅葉のイチョウとモミジのコラボが綺麗でした。
今が見頃です!お寺を囲むお堀には鯉が優雅に泳ぎ、鴨🦆が一緒います。
鴨は餌っけされているようで人を見てもよほど近くに行かない限り逃げません。
近くには足利を代表する足利学校があります。
一緒に見学することをお勧めします。
駐車場は公営無料駐車場が点在してます。
さすがは国宝。
国宝たる所以が詰まっています。
歴史を知れば知るほどどれだけ重要なものなのかをまざまざと感じさせられます。
足利家が何代にもわたって征夷大将軍となり、織田信長の時代におわる。
一切経堂にわかりやすく展示してありました。
一見の価値ありです!!樹齢550年ほどのイチョウの木などもあり素晴らしい場所でした。
観光寺院とはちがい、ご信仰のお寺で由緒あるお寺です。
と書いてありました。
#国宝#日本100名城スタンプここは小京都の古刹の足利氏の氏寺です。
春は桜が秋は大銀杏が有名な金剛山鑁阿寺。
創建は建久七年(1197年)に足利義兼により建立されました。
本尊は源氏と足利氏の守り本尊である大日如来を祀ってあります。
本堂は国宝で鐘楼と一切経堂が国指定重要文化財です。
本堂の所に日本100名城スタンプも設置してあります。
大日如来が祀られています。
歴史の有る由緒ある御寺だと思います。
横に不動明王もありました。
思っていたより異世界です。
御朱印は混雑しているので早めに行った方が良いかもしれません。
鳩が多いのでバードBonb気お付けてくださいwでも、良い場所です。
足利学校を見学した流れで訪問しました。
樹齢600年と言われる天然記念物の大銀杏が黄金色に色づき、燃えるような赤に色づいた紅葉と多宝塔とのコントラストが大変見事で、一幅の絵を見ているようでした。
静かで広々とした境内、国宝の本堂と、凛とした空気感の趣きある素晴らしいお寺でした。
これぞJapan Beauty. また訪問したいと思いました。
足利氏の館跡に建立された真言宗大日派の本山。
足利氏の氏寺である。
本堂は国宝、その他も貴重な建物が多数。
天然記念物の大銀杏も見事。
紅葉の綺麗な時に訪れる事ができて、本当に良かったです。
🍁特に銀杏の木が見事でした。
境内は広く感じましたが、明治維新の時かなり縮小した(されてしまった)そうです。
派手ではありませんが、見所の多いお寺だと思います。
ちなみに銀杏の木は樹齢約600年とか。
静かで気持ちの良い所です。
お堀と土塁に囲まれた、足利氏ゆかりの壮大なお寺。
境内はきれいに整備され、春は桜、夏は新緑、秋は大銀杏の紅葉、冬は雪、と四季を通じて楽しめます。
時代は違いますが、こちらの後に徳川ゆかりの東照宮を見ると、東照宮が俗っぽく感じたりもする、静寂で美しいお寺。
参観料取らずに国宝レベルの寺院を参拝出来ます静かにお参りも出来ました印象的だったのは写真にもある2m弱位?ありそうな巨大な鯉がいた事です。
チョットビビる位ですよ🤤
小さい時からの遊び場。
今も静かで心を静めてくれます。
大イチョウ相変わらず迫力満点ですね。
大河ドラマ太平記を見て来ました。
源氏の頭領足利氏建立だけありとても見応えがあります。
しかし、尊氏の資料はほとんど無く、尊氏の7代前、義兼の建立したものが多いです。
駐車場近くの太平記館に行くと、真田広之さんが着た甲冑があります。
足利学校への通り道的な考えで訪れましたが、こんな所にこんなに大きなお寺さんが在るなんて、それもお大師さんやし、ある意味感動的でした。
境内は綺麗にお掃除されていました。
天然記念物の「大銀杏」がお出迎えしてくれました。
また 本堂も立派な建築物でした。
お堀の大きな鯉は人馴れしているようで、人影がお堀の水に映ると大きなお口を開けてお出迎えしてくれました。
(ごめん餌は持ってない)今度はゆっくりと訪れたいと思います。
有名とは知らずに来てしまいました。
とても大きなお社で建物もいろいろあり驚きました。
後で調べたらとても有名な場所と知りもう少しゆっくり見ておけばよかったと思いました。
お堀の池にはとても大きな鯉がいました。
小さなお店で古印最中を購入しました。
中の餡が甘すぎずとても美味しかったです。
母が歴史が好きなので銅像をみて喜んでいました。
今度は秋の紅葉の時期に伺いたいと思っています。
駐車場が完備されています。
中には公園もあり子供たちが遊ぶことが出来ます。
また、場内にところてんを食べれるお店もありましたよ。
駐車場は広くありませんがあります。
キャンピングカーなど、高さがあると駐車場に入る際の門がくぐれないと思います。
真言宗のお寺。
大銀杏が迫力というか存在感がすごいです。
お寺の敷地では観光客や子どもが多く活気がある感じです。
ご本尊さまは見えませんでしたが、お堀があったり歴史を感じることができるお寺。
門前町があり、食べ物屋さんやカフェがあります。
足利のお土産は足利叢林で古印最中150円がバラで買えます。
お店で黒胡麻大納言羊羹1000円を試食したら胡麻の香りがよく即買いました。
良いお土産買えました。
ちゃんと袋に入れてくれます。
日本100名城でもある寺院。
足利氏の館であった事から指定されている。
大銀杏をメインに紅葉の名所となっており、参拝者があとを絶たない。
御朱印はもちろんのこと、御城印と100名城スタンプもあります。
この場所は、御朱印と御城印両方あります。
御朱印は、鑁阿寺(大日如来)と書かれます。
御城印の場合は、日本百名城足利氏館という場所になります。
スタンプも近くに有り押せます。
日本百名城・15足利氏館というスタンプで右手には、獅子舞がお御籤を、引いてそれを、貰うことができます。
大日茶屋という境内に有りお食事や鯉のエサ(鳩)が売ってます💰シュウマイが売ってますがこの辺は、かなり変わっていてソースを、付けながら食べるのが主流です。
のんびり過ごせます。
国宝鑁阿寺 素晴らしいお寺です。
御朱印も直書で、大変丁寧に書いてくださり、感動しました。
足柄を代表するお寺の一つ。
自分としては、とてもお勧めのお寺です。
名前がまず読めないです。
「ばんなじ」と読みます。
池に囲まれています。
結構色々な生き物が見えます。
浅いので。
太鼓橋を渡って、山門を抜けると本殿が見えます。
大日如来がご本尊だったかと。
本堂の入口には、鬼ですか。
わりと仏像は、見れないほうになります。
不動明王堂?と他の、勢至観音のお堂も御開帳日が決まっているようです。
建物とその歴史だけでも、かなりいいです。
仏像マニア向きでは、ないというだけです。
末社的なお堂類も、色々あります。
足柄大権化の額が奥にあるお堂もあります。
大きな木なども、色々あります。
銀杏が一番おおきいかな。
字だけですが、庚申塔も集めてあるところがあります。
各種石塔類も、色々です。
あくまでも、信仰の場です。
必ず参拝して、手を合わせましょう。
場所は、足柄駅から歩いて15分ぐらい。
後に室町幕府を開く足柄氏が平安から鎌倉時代に勢力を広げた時の本拠地、足柄にある名刹。
もとは邸宅だったように四方を堀で囲まれ名残を残します。
境内には本堂や鐘楼など幾つかの歴史的建物が並び、また大きな銀杏の木があり紅葉の時期には圧巻です。
駅から歩いて10分弱、山門にむかう小路には蕎麦やさんや新しくできた和菓子やさん、器(陶器?)等ありひやかしながら散策できます。
寺の北側には昔、お屋敷街だったような大きな敷地の邸宅も並び足を伸ばすとお寺や神社等巡れるようです。
足利市観光だと、足柄学校、八雲神社、フラワーパーク等になりますが、ゆっくり歴史に浸るのも良いかと。
足利市の有名な観光地。
鑁阿寺(ばんなじ)は、源姓足利氏二代目の足利義兼(あしかがよしかね)が、建久7年(1196年)に、邸内に持仏堂(じぶつどう)を建て、守り本尊として大日如来を祀ったのが始まりといわれています。
その後、三代目の足利義氏(あしかがよしうじ)が堂塔伽藍を建立し、足利一門の氏寺としました。
周囲に土塁と堀をめぐらした寺域はほぼ正方形で、約40,000平方メートルあり、鎌倉時代の武家屋敷の面影を今に伝えています。
境内には国宝指定の本堂など貴重な建物が多く、また大正11年には国の史跡に指定されています。
春は桜、秋はいちょうの黄葉が素晴らしく、市民には『大日様』と呼ばれ親しまれています。
足利義兼が建久7年(1196)に足利氏の居館内に持久堂を設け、大日如来を本尊とし脇本尊に「薬師如来・聖観世音菩薩」と「聖天様」を祀る、東日本を代表する中世の密教本堂です。
国宝指定されました。
大正11年には国の史跡にしていされ市民には「大日様」と呼ばれ親しまれています。
お寺や周りの町並みはとてもよかった。
他の方も書いているが、アニオタかコスプレの集団とカメラマンがいました。
行く先行く先、荷物を置いて撮影しているので、綺麗な八重桜や境内など撮れませんでした。
定期的にやってるとは、少し迷惑かな。
秩父の時にも同じような人たちがいて騒いでいたことがあった。
足利氏の屋敷跡。
一つ一つ古さが滲み出て、歴史の重みを感じます。
でも、せっかく行ったのに、コスプレヤーやカメラマンがいて異様な雰囲気。
歴史の重みなんてどこかに吹っ飛んで、落ち着かないなんて、ありえない。
足利市とコラボしたらしいけど、せっかく行ったのに、これでは困ります。
JR 足利駅、あるいは足利市駅( 東武伊勢崎線)から近いです。
追記: 昨年の九月初め頃に訪れ、5ヵ月程前に投稿しましたが、鑁阿寺(ばんなじ。
本堂は国宝)について改めて、今回もう少し書いてみようと思います。
1196年に足利義兼が開基した、大日如来を本尊とする寺院。
鎌倉時代に建てられた国宝の本尊、重要文化財の鐘楼や経堂がある。
鑁阿寺本堂(国宝)。
元は足利氏本家邸宅でしたが、後に真言宗大日派の寺院となる。
足利氏は、源氏の流れを汲む武家の名門一族で、後醍醐天皇の治世に足利高氏(後の尊氏)が征夷大将軍と成ったことで、一躍全国に名を馳せました。
尊氏は、京都の一条通りと二条通りの間辺りの、室町に幕府を開き(室町幕府)全国の武家を纏め、政治を行いました。
しかし、後に後醍醐天皇と反目し、北朝の天皇を擁立した為(南北朝時代)、逆臣とされた偉人です。
小生(私)は、足利尊氏ほど好きな武将も少なく、逆臣とは言え、知性と武勇を兼ね備えた、織田信長にも劣らない英雄だったと思います。
その上に、慈悲や人望も持ち合わせていた、歴史上稀にみる人物だったとも思っています。
尊氏の『尊』の字は、後醍醐天皇の『尊治』から一字貰った為、高氏から尊氏と成りました。
それほど、初めは後醍醐天皇の信頼が厚い武将でした。
天皇が親政の世に戻そうとした為(建武新政)、武家の反感が高まり、武家の棟梁だった尊氏に人望が集まって、後醍醐天皇と敵対したと…まぁ簡潔に言えば、そいうことらしい。
どこか織田信長と西郷隆盛を足した様な感じの、とても魅力的な人物だったのではと思います。
尊氏自身は朝廷側と武家側のアンコとなり(板挟み)、相当悩んで苦労したことと思います。
(多分…)とにかく戦(いくさ)に強く、人望厚い武将でしたが、朝廷を分裂させた罪は遺憾とも重く、近代まで逆臣として不名誉なレッテルを貼られてきました。
(孫の義満が、南北朝統一を実現させる)足利尊氏という武将を再評価し、英雄として描いた大河ドラマ等、今後メディアに多く取り上げて欲しいと思っています。
しかし、そうなると新田義貞や楠木正成(くすのき-まさしげ)などの人気武将や、更には後醍醐天皇までがヒール役と成ってしまう為に、脚本構成がかなり難しく成りそうです。
足利尊氏は南北朝分裂後に、弟側勢力と敵対し、南朝吉野の後醍醐天皇に謁見し謝罪して、和睦仲介をお願いしていますので(尊氏は後醍醐天皇を尊敬していた)、そのエピソードから後醍醐天皇だけは、あくまでも特別な(雲の上の)存在として表現できないものかとも思います。
それはさて置き、鑁阿寺の正式名は『金剛山 仁王院 法華坊 鑁阿寺』というらしいです。
鑁阿寺(ばんなじ)の素晴らしさは、沢山のGooglemapユーザーの皆さんが詳しく教えてくれています。
昨年の9月初め頃、まだ残暑の残る正午頃に訪れ、鑁阿寺(ばんなじ)の女性の解説を聞いたり、可愛い三毛猫と戯れたり、国指定文化財の大銀杏を見たり、寺門入った左側の公園ステージまでの途中にあった売店で、足利シューマイに舌鼓したりした思い出があります。
この時は、寺院の奥の方に特殊な簡易ステージ会場を組み立てていて、夜にお芝居が催される日でした。
因みに、近日中のイベントとして、5/12日(土)0:00から、ばんな寺MUSIC FESTIVAL 足利 2018があるようです。
鑁阿寺本堂は国宝で、重要文化財も沢山あり、歴史も古く素晴らしいのだけれど、御朱印記帳の対応は、誰かが書いていたけど感じが宜しく無いらしい。
小生(私)が以前、訪れたことのある北海道のある都市の、皇族方も参詣するという厳格な某神社の口コミにも、似た様な御朱印記帳時の苦情的内容がありました。
その厳格な某神社の受付は、寺院と神社の御朱印が混合されている御朱印記帳の際に、対応の不備があった様で、参拝客には不満が残る体験だった様です。
御朱印巡りをするような、純粋に神仏を信じて止まない参拝客達に対して、宗教の決まり事等をよく解っていなかったとしても、見下したり、御朱印帳を投げて渡したり、長々と真冬の寒空の中を待たせた挙げ句に、記帳箇所が判らなかった等と、まともな説明も無く帰したりするのは、神仏に仕える者のすることでは無いと思います。
真剣に御朱印巡りをされている参拝客に対し、失礼な対応をする神社仏閣が少なからずあるのは否めず、有名で威厳あるところ程その威光に胡座(あぐら)をかいて横柄になりやすい傾向があることも否めないと思います。
神社や仏閣の御朱印を混合することが、いけないというのなら、親切丁寧に解りやすく説明してあげて、その上で丁重にお断りすればいいだけのことだと思います。
霊験あらたかな神社仏閣程、御利益(ごりやく)があるのでしょうが、御朱印記帳する側の人の霊性(仏性)や人間性も、同じように大事な要素だと思います。
神社だ仏閣だ等とこだわって御朱印記帳に難癖を付ける前に、御朱印を授ける人が大変な修行を長年に渡って積まれて体得した様な、素晴らしい仏性(神聖さ)を持ち合わせているのか?と問いたいです。
御朱印巡りされている参拝客の皆さんにとっては、その御朱印帳は勿論のこと、御朱印巡りの行い(おこない)そのものがとても大切な尊い(とうとい)行為、あるいは体験なのだと思います。
鑁阿寺(ばんなじ)の、音に聴こえた霊験を信じて参詣する御朱印巡りの参拝客を、もっと大事にして欲しいものだと思います。
『実る程、頭(こうべ)が下がる稲穂かな』とも言います。
国宝にもなっている素晴らし鑁阿寺(ばんなじ)の名誉を下げない様な受付対応、及び御朱印記帳をしてもらい、全ての御朱印巡り参拝客の皆さんが感銘する様な、信仰厚い素晴らしい寺院であって欲しいと願っています。
先日、追記という形で投稿した口コミの内容を、更に吟味再考し、大幅に文章を編纂、改善致しました。
(あしからず)
鑁阿寺は、大日如来を本尊とする真言宗大日はの寺院です。
「金剛山 仁王院 法華坊 鑁阿寺」が本来の名称で、開山820年を超える古刹です。
まず、山門(楼門)に至る石畳の参道「大門いしだたみ通り」が風情があります。
山門に着くと、小さな堀(鯉が泳いでいます)を渡るようになっていることが不思議な感じです。
元々は足利氏の武家屋敷であったため、このような造り(堀や土塁に囲まれている)になっているとの事が分かると、鎌倉時代の平城というのは、このような佇まいだったのかと感慨深いです。
「日本100名城」に選ばれているというのですから、歴史的な価値も高いのでしょう。
国宝の本堂をはじめ、境内の建物・史跡の多くが国の重要文化財や県指定の文化財となっています。
京都や奈良ばかりでなく、このような場所にも、これほどの歴史と由緒のある史跡があり、正に「見落とされている」気がしました。
毎年、節分の夜に行われる「鎧年越」は数多くの武者たちが街の通りを勇ましく歩いて格好いいですよ!
本堂、経堂、等の規模や配置を見学したとき、一瞬、鎌倉かと錯覚させられた。
敷地は堀で囲まれ、武士の屋形としての雰囲気だった。
とても雰囲気の良い落ち着いたお寺です。
扇子型の珍しいおみくじがありました。
小吉でした(笑)
国指定史跡とあって、素敵なお寺です。
お寺の関係者さんも、質問したらきちんと答えて下さる親切な方が多かったです。
御朱印に関しては、本来お寺さんが写経を納めたものの受付印として始めたものです。
神社は後を追って始めたので、お堅いお寺さん程、神社の御朱印には否定的な印象。
ごちゃ混ぜに御朱印を頂いている御朱印帳にキツイ反応をするお寺さんは多いですよ。
名前 |
鑁阿寺(ばんなじ) |
---|---|
ジャンル |
/ |
電話番号 |
0284-41-2627 |
住所 |
|
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評価 |
4.3 |
東京から百名城巡りで来訪。
土曜日の10時過ぎでしたが、人もおらず静かに見学できました。
城としては土塁程度ですが、そもそも寺自体も素晴らしいので楽しめますよ。
スタンプはお守り販売する所に置いてあります。
大銀杏も立派!掘には鯉や亀がいてほのぼのしてます。