伯爵、東郷平八郎謹書、による立派な額。
祈願をしてみました。
よろしくお願いします♪
上ノ郷城跡目的に彷徨っていたら偶然こちらに。
鳥居の額には延喜式内の文字。
これにはビックリ。
延喜式式内社とは平安時代の神社の社格を記したものであり、歴史、格式ともかなり高いもの。
たしかに見た目スケールは大きい。
どれどれと由緒書きを見るも・・・どれも文字が消えている(泣)どうやらこの辺りは弥生時代の土器が発見されるなど古くからの集落があった様で、この奥には古代信仰の磐座(いわぐら)があったらしい。
今より海岸線もこちらに近かった様で、海産物、農作物などが豊富だったのだろうこの地は元々蒲郡の中心を担う地域だったという名残がまさにこの神社、さらにはこの北西側の上ノ郷城だったという事だろう。
西側に駐車場があり、上ノ郷城跡のパンフも置かれているので、神社の祭典などで混みあわない限りセットで訪れると良いかと。
神社の手前に鳥居!更にその手前200mにも鳥居がありました!
こちらは、私の氏神様である赤日子神社さんです。
辺りは、静かで 心落ち着く場所になってます(൦◟̆◞̆൦)♡‧˚₊*̥
イサナミさまは、ついに96ヶ月もの年月を経て、漸くにお産まれになられたのは、7代アマカミ(古代の天皇号)イサナギさまとのミコ(皇子)でした。
後に、8代アマカミ・アマテルカミ(記紀にいう天照大御神)と尊称されるお方になられます。
時に、マサカキ(長い年月を数える樹木)の、植え継ぎ植え継ぎしての21本目の時代の事でした。
詳しくは、マサカキの暦の21本目、125枝、31年目(キシヱ)の春の正月のお一日(ついたち)、つまり元旦の事でした。
初日の出が、ほのほのと、昇ってくると共にミコ(皇子)は、お産まれになられたのです。
シラヤマヒメさんは、早速、産湯を用意します。
シラヤマヒメさんは、イサナギさんの妹さんのようです。
また、アカヒコさんは、絹作りの名人でした。
産着にと、かねてから用意の絹糸を、ナツメさんの織り手によって柔らかな絹布にして、献上してくれていました。
中世にも、赤日子神社(『延喜式(西暦927年完成)』に記載されている神社・愛知県蒲郡市)からの絹糸の伊勢神宮への奉納の事は『令義解(りょうのぎげ・西暦833年成立)』に記されていました。
『ホツマツタヱ』 4 アヤ「ヲシテ文献 大意」日本 ヲシテ研究所 解説文無断転載を禁じます。
(C) 池田 満。
伯爵、東郷平八郎謹書、による立派な額。
内社 参河國寶飫郡 赤日子神社御祭神: 彦火火出見尊 豊玉彦命 豊玉姫命伊勢神宮では神衣を三河赤引の糸で織られており、境内に三河養蚕祖神の石碑がある。
彦火火出見尊 豊玉彦命 豊玉姫命。
蒲郡最古級の神社。
神社周辺からは環濠集落の痕跡が見つかっています。
奥宮である聖山には磐座も。
名前 |
赤日子神社 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
4.1 |
上ノ郷城前にある、蒲郡でもっとも古い神社です。
静かで厳かな感じがします。