名前 |
池和田城跡 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
2.7 |
池和田城址に思う事この城山は、それほど険しい山でもなく、余り城として取り立てるには不向きな感もあるが、大多喜方面へ向かう古道が麓を通っている為なのか、街道監視の為の立地としては良い様だ。
しかし城跡は、本丸部分以外は深い山林に覆われて、全貌は窺い知れない。
本丸跡には、極小さな神社があるが、それが尚更寂寥感を漂わせる。
神社の鳥居の手前斜面には、元々虎口と思しき形状の地面があるが、積年の風雨に晒され、つるつるの只の土の盛り上がりにしか見えない。
後に、研究資料も閲覧し、城郭の縄張も良くできているように思えるのだが、総じてこの城は、城山の規模が小さすぎる印象である。
それよりも付近で印象に残るのは、城跡よりも、市原市鶴舞公民館~当城入口間を抜ける道路のトンネル東側の景色である。
標高がそれほど高いわけでもないのに、まるで山岳地帯を思わせる景色に、暫し見入ったのであった。
(二輪車以外は、立ち止まってはならない。
油断すると、対向車がやってくる。
)この道路の崖の上に、城を取り立てた方が良かったのではないか。
そう、ふと思ったのであった。
そういった意味では、明治初期に入府した井上候の鶴舞陣屋は、よく考えたものだと感心するのである。