駐車場もありますが車道が狭い所もあり対向車が来ると...
嫁の父親の実家が横山にあり、前々から越えてみたい峠でした。
今回塩尻側から権兵衛街道を街道を通って権兵衛峠へ行ってきました。
権兵衛街道(旧道)は途中までしか車で行けません。
通行止めの場所から歩くとすぐに権兵衛峠に着きます。
峠には鉄塔が立っているので、この石碑は少し戻ったところです。
木曽町神谷から姥神峠を越える本来の権兵衛街道は、羽淵からこの行き止まりまで車で走れます。
しかしかなり荒れていますから、通行不能になるのも近いでしょう。
1981年8月奈良井側から。
木曽側はフラットだけれど、ちょっと深めの砂利道、伊那側は細くうねった林間のダートだったと思います。
峠から少し行ったところの伊那側の展望は最高。
ランドナーで1980年7月に引き続き2回目。
その後、1985年にはXL250Rでも訪れました。
舗装路から150mほど歩くと権兵衛峠の由来となった古畑権兵衛の碑がありました。
古い権兵衛峠の街道の姿を見ることができます。
街道はバリケードができていて侵入禁止のようでした。
現在道路が崩落しているため、南箕輪(伊那)側からはここに来ることはできません。
塩尻(木曽)側からなら来られます。
2004年6月時点では現役の国道でした。
天気が悪かったため眺望はありませんでしたが、おそらく天気が良い日であれば素晴らしい景色だっただろうと思います。
登山口で終わり抜けれるようになって欲しい。
権兵衛さんが作った米の道。
1985年に伊那側から自転車で越えました。
旧峠の標高は1523mですが伊那側の林道は1600m付近まで登ります。
少し下って尾根をまたぐ所が展望台になっていて、峠の由来が書かれた看板や東屋がありました。
伊那谷と木曽谷を結んだ古道にある峠です。
峠の名称は改良者にちなんでいる様です。
峠自体は、この旧峠→林道開削により北に移動(展望台のある場所)→権兵衛トンネルと変遷しており、この旧道は自然に帰りつつある古道となっています。
木曽側は、ほぼ林道に付け替えとなっており、所々に旧道がある様な状態です。
伊那側は、林道が離れた場所に開設されたこともあり、旧道はそのまま残っています。
が、整備されておらず笹薮漕ぎ状態となります。
峠は分水嶺(信濃川水系→日本海/天竜川水系→太平洋)となっており、石碑も建っています。
名前 |
権兵衛峠展望台 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
4.0 |
駐車場もありますが車道が狭い所もあり対向車が来るとすれ違いができない所があります。