品川の浜に迷い込んだ巨大な鯨を供養するために造られ...
江戸時代、誰も見たことがない「くじら」が品川沖に現れました。
品川の漁師等は、くじらを浅瀬に追い込み、仕留めることに成功しました。
鯨見たさに見物客が溢れて、将軍家斉も上覧されたようです。
その後くじらは解体され解体され、その骨は利田神社の境内に埋め、鯨塚としました。
史跡鯨オブジェと鯨遊具誰でもトイレ。
ふつうの公園。
でも、落語や浮世絵の知識があれば江戸末期の出来事の跡地。
目の前の小さな利田神社は、江戸からのお社です。
品川湊の洲崎弁天であった利田神社の境内にあたる場所の一画。
1788(寛政10)5月1日、品川沖に体調116
歴史を感じます。
昔に思いを馳せて散策してみると善いです。
隣接して利田神社があります。
小さな公園。
鯨の像あり。
釣り船、屋形船、昔ながらの家🏠があり何だか落ち着く。
品川の浜に迷い込んだ巨大な鯨を供養するために造られたようです。
隣に公園や神社があります。
徳川公江戸庶民を驚かせたという「寛政の鯨」の骨が埋められた場所なのだそうです。
今はくじらを模した遊具などがある小さな公園ですが思いがけず過去とつながった不思議な場所でした。
ぽつんと有るけれど、昔々の品川宿の漁のことがわかる。
子供の遊べるスペース有り、公衆トイレもリニューアルされています。
江戸時代の品川宿の庶民の生活を垣間見ることがスポットです。
当時、品川の海に迷い込んだ巨大な鯨が捕獲されました。
その骨が埋められている供養碑です。
名所江戸百景「品川すさき」の場所を確認しにきました。
それに関しては何もないのね。
公園に鯨が見えるので、鯨塚はこの辺かなあとは気付くかと思います。
ただ、公園で終わりかと思ってしまいましたが、公園の裏に記念碑や品川浦の生活の説明があります。
東京都品川区の利田神社の横に鯨塚がある。
新旧2基の碑と由来碑が建っている。
旧碑には寛政10年(1798)の文字があり、当時の俳人谷素外の句が刻まれている(よく見えない)。
江戸に鳴(る)冥加やたかしなつ鯨 交番のお巡りさんの話では、この辺りまでは海だったとのこと。
今はここからは東京湾をみることはできないが、近くにはお台場跡もある。
江戸時代にこのあたりまで迷って入ってきてしまい、死んでしまったクジラを供養した碑です。
当時はもうこのあたりは海だったんですね。
打ち寄せる浪は御浜のおにはとぞ くじらは汐をふくはうち海。
昔は将軍まで見物に来たとか。
今でもニュースになりますね。
名前 |
利田神社・鯨塚 |
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ジャンル |
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住所 |
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関連サイト | |
評価 |
3.8 |
江戸時代に鯨が来たんだよね~