2021年7月12日(月)に那珂湊の街歩きで訪れた...
2021年7月12日(月)に那珂湊の街歩きで訪れた。
調べてみると、以下のようだ。
●茨城県教育委員会のホームページより華蔵院は、真言宗智山派に属し、戒珠山密厳寺(かいじゅさんみつごんじ)と号し、本尊は大日如来です。
華蔵院境内にある梵鐘は、江戸時代以前に製作された茨城県内でも数少ない梵鐘の一つです。
南北朝時代の暦応2年(1339)に製作されたもので、銘文が刻まれています。
銘文には、佐竹氏一族の中賀野義長(なかかのよしなが)である源義長が、大工圓阿に製作させたことが記されています。
鎌倉時代以降室町時代以前の典型的な梵鐘の形式を示し、高さは117cm、口径は69cmです。
この梵鐘は、元々那珂郡上檜沢村(現常陸大宮市)の浄因寺(じょういんじ)にあり、後に満福寺(まんぷくじ)へ移りますが、天保(1830~1844)の頃、水戸藩の大砲鋳造のために徴収されて、那珂湊に運ばれました。
結局、大砲鋳造の原料としてつぶされることなく残ったのは、幸いなことでした。
その後、明治時代に華蔵院(けぞういん)の所有となりました。
●案内看板より華蔵院の梵鐘茨城県指定工芸品昭和四十九年三月三十一日指定 那珂湊市栄町一丁目一番三十三号華蔵院の梵鐘は鎌倉時代から室町時代の特徴を備えた優品である。
茨城県内に残る数少ない江戸時代以前の作の梵鐘の内の一点である。
梵鐘は高さ百十九センチ、口径六十九センチを測り、銘文が次のようにある。
常陸州檜沢吉祥山浄因禅寺鐘銘唯此洪鐘 説吉祥句韵徹九霄 聲入諸趣昏昧者醒 濁惡者清反聞々盡 大音葡住持文鏡大檀那式部丞源義長大勘進宏由同勘進文欽大工圓阿小大工橘正則暦応二年九月廿五日 遷撰銘文中の源義長は佐竹氏の中賀野義長、梵遷は足利氏に親しい帰化僧梵遷和尚。
大工圓阿は福島県内に懸仏などの作品を残している。
梵鐘はもとは美和村の浄因寺にあり、その後大原山満福寺の所有になった。
天保年間に大砲鋳造のために那珂湊に運ばれたが鋳つぶされず現在に至っている。
大砲にされないで良かったです😃
名前 |
華蔵院の梵鐘 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
4.5 |
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整理厳かです大きい。