呉で一番有名な神社と言われたので参拝。
嫁さんの戌の日の御祈願に参りました。
亀山⛩️神社の境内に徳川将軍家の寄進した燈籠があり、驚きました‼️
正月三が日を過ぎて初詣にでかけました。
それでも駐車場に駐めるまで少し待ち時間が必要でしたが、密を避けて参拝することができました。
広島県呉市の総氏神様。
長い歴史をもち、呉大空襲などで社殿消失になっても復活してきた愛される神社。
本殿のしめ縄がとても立派なところや、美しい社内を保っていて素晴らしい神社。
【亀山神社の歴史】7世紀の後半、亀山神社の神様は大分県の宇佐から瀬戸内海を渡って、呉にかえってきました。
呉に到着すると、まず灰ヶ峰の中腹に位置する現在の呉市栃原町、神山町に一度寄り、その後、大宝3年に現在の入船山公園がある宮原村字亀山(入船山)の地にちんざしたと伝えられます。
応神天皇、神功皇后、仲哀天皇をおまもりする八幡宮で、特に安産、勝負、学問の神として、またうじこの安全を守る呉の総氏神として広く尊崇されています。
呉の亀山神社は氏神様なのでご朱印帳の1ページ目にいただきたくて行ってきました。
通称、八幡さん。
私はそう呼んできました。
呉では一番大きな神社でしょう。
自身の祈願はもとより、子供達のさまざまなご祈願に伺いました。
今度は娘の御祈願のため、戌の日に伺わなくては。
呉で千三百年以上、崇敬されている八幡さん。
八幡さんとは、第15代応神天皇のこと。
日本一でっかい古墳の主と言われる第16代仁徳天皇のお父さんだよ。
八幡さんの母君の神功皇后は、身重ながらも三韓征伐に出かけられた武勇の持主だよ。
父君の仲哀天皇もお祀りされているよ。
表参道は、長い階段が続き、汗をかきかき、立派な拝殿にご到着。
境内から振り返ると眺めとてもよし。
もっともお車で裏口から入場すると楽ちんよ。
駐車場有り。
昔から春は桜を見に立ち寄らせてもらっている場所境内はいつもキレイに手入れされていて、参道の階段から桜と街並みを観るのが毎年の楽しみです。
【2020/02/20】隣のファミリーマートで買い物をしていたら鳥居が二基見えたので初めてお参りしました。
駐車場自体はファミリーマート側からではないので注意が必要です。
呉市ではかなり有名な神社ということなので早く見知りすれば良かったなぁと思いました。
結構高い位置にあるので天気がいい日は眺めがいいですね。
本殿は改装途中ではありましたが壮大なイメージを持ちました。
正月三が日ほどではありませんが何人か地元の方らしき参拝客がいました。
他の方々の写真を拝見するとその正月三が日や秋祭りの時はところ狭しというくらいに参拝客や露店で賑わっています。
中国地方の厳島神社(宮島)や出雲大社や最上稲荷、他の地域では伊勢神宮や明治神宮や伏見稲荷大社など、これらと肩を並べるくらいに広島県外の方々にも是非参拝してほしいなと思います。
ちょっとだけ安全祈願を兼ねてお参りしました。
呉市本通四つ道から山側へ登っていきます。
秋祭りには屋台たくさん出てます。
御守りを購入した際、巫女さんが「皆様がご健康であります様に」と一声添えて下さって笑顔になれました。
亀山神社由来によると比売大神(ひめおおかみ)は筑紫の宇佐嶋(宇佐の御許山)に天降られたと伝えられている。
(大元神社(宇佐神宮奥宮)がある)この神様は豊後(大分県)姫島で祭られるようになった。
(比売語曽神社がある)その後、白鳳8年(679年)呉市栃原町甲手山(栃原町(トチバラ)の竹内神社の境内社に甲手山八幡宮がある)で祭られ大宝3年(703年)8月中旬に入船山に鎮座された。
また芸藩通志によれば、長門国亀山(山口県長門市日置上亀山に日置八幡宮がある)から栃原町に来られ、その後、入船山に来られたとある。
(栃原は栃が取れる集落の意味 弥生式土器が出土 灰が峯の頂上は栃原の領域)明治19年(1886年)まで現在の入船山記念公園にありましたが、海軍鎮守府が設置されることが決まり海軍用地として接収され、 現在の場所に移転しました。
亀山神社と呼ばれた由縁の一つに亀山神社の境内が亀の甲羅に似た丘陵となっていたので亀山と言われるようになった また亀の頭は今は埋もれているが清水川にあった大岩という話がある。
神社参詣の際にその大岩に一文銭をなげれば疣(いぼ)がとれるという「一文百疣」の伝説があったそうだ。
とはいえ、亀山八幡神社は日本各地にあり、広島県だけでも豊田郡安浦町内海北5-9-19、神石郡三和町小畠2251、神石郡三和町時安3485にもある。
日本には、神社が八万社あると言われるが(十五万社という説もある)そのうち最も多いのが八幡神社だそうだ。
(亀山神社も日本中にある 三重県亀山市 香川県丸亀市 福岡県鞍手郡小竹町)では亀山とは何であろうか①神の鎮座する神山(かみやま)、転じて亀山(かめやま)となった②「かみ(上)」+「やま(山)」の転で、「高くなった所」をいう③中国の東の海にあって神仙が住むとされ、大亀が背負っているといわれる蓬莱山(ほうらいざん)の異称④集落のある丘陵の形が亀の甲に似ることによるなどの説がある。
実は八幡神を祭っているところは神功皇后に関係がある場所が多いし、八幡神の一人が神功皇后でもある。
(神功皇后は三韓征伐で有名 日本の最初の紙幣の肖像画になった)呉亀山神社は昔は「舟居八幡」とも呼ばれたことがあるそうで、安芸の「古神名帳」には西暦170年に生まれた神功皇后が御船寄りされた浜辺に「舟居明神」をまつるとあり関係があるのでは とも思われる。
事実、入船山記念館にあった時は、「御旅所(おたびしょ)」という行事があった。
これは、旧暦8月15日神社境内の波打ち際に面した「宮の下」から漕ぎ出し大樋 小樋という場所で一夜を明かし、それを「お泊り」といっていたそうである。
そして、その時には「お供舟」がただ一艘お供したと言われ、また「宮の下」では丑寅の方向に向かい矢を放っていたそうだ。
この行事が、もしかしたら神功皇后の御舟入の古事を意味していたのでは と言われているのである。
亀山神社と言うより、八幡さんの方が馴染みが深い。
八幡さんに参拝したら、皇城宮と日月紋入り常夜燈(寛政十一巳未八月(1799年)と、葵御紋入り青銅燈籠;安永八年(1779年)、尾張徳川候より将軍家の為、上野寛永寺に奉献された二基の中の一基。
は見ておきたい。
手水舎と狛犬も改修されて、平素は静かな境内になりました。
遷宮前の入船山も見ておくと、八幡さんが、もっと深く解ります。
明治19年頃の亀山神社の絵も展示されています。
出張で近くのホテルに宿泊し、休日に参拝に伺いました。
とても手入れの行き届いた落ち着きのある神社さまで、気持ち良く参拝し、御朱印を頂きました。
また近くに来る機会がありましたら、ぜひ参拝に伺いたいと思いますよ。
呉市を眺める高台に鎮座。
松山行きのフェリー乗り場が鳥居越しにみれます。
風格のある神社。
呉駅の観光ガイドに寄ったら、呉で一番有名な神社と言われたので参拝。
なかなか立派な神社でした。
駅から徒歩圏内なので駅周辺の散策ついでに。
呉で1番有名な神社です。
御朱印 ○ 書いて頂けます。
オリジナルの御朱印帳も販売しています。
呉の街の高台にある神社。
特に眺めは良くはないですが、宮司さんが親切でした。
鉄のくじらなど呉名物が載っている御朱印帳がステキです。
浅見光彦でも出ました。
昔は古かったけど、今はきれいになっております。
たまに飼い猫ちゃんが出て日なたぼっこしてます。
人なつっこいのですり寄って来ます。
神社の巫女、神主さんも対応が丁寧です。
呉の人に一般的な神社。
すごくきれい。
名前 |
亀山神社 |
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ジャンル |
/ |
電話番号 |
0823-21-2508 |
住所 |
|
営業時間 |
[月火水木金土日] 9:00~16:00 |
関連サイト | |
評価 |
4.2 |
畏れ多くも車での乗り入れ可能です。
土地神様なのでよくお伺いしますが、祭りのときは参道一杯に出店と参拝客が溢れます。