ベンチに座り眺めると心落ち着きます。
初めて行きました、入り口と駐車場が分かりにかったです。
公園は綺麗で庭園外であれば犬の散歩ができます!庭園内は抱っこして入れました。
南蛮BVNGO交流館は大友氏の歴史をモニターで観れて小学生の姪も真剣に見るくらいでした!
資料館(無料)庭園(無料)写真撮影(OK)夏休みの自由研究にお薦めします2030には屋敷も復元されるらしいので✨期待している。
(#^.^#)まだ!採掘調査は継続しているので新発見が有るかもね♪
大友宗麟の館跡の庭園を再現した日本庭園である。
発掘調査で出てきた花粉から植物を再現し、出土した庭石は型を取って同じ形のものを置いているという。
晴れた日には展望台からは高崎山が見え、かつて宗麟公が見ていた景色に想いを馳せることができる。
とはいえ、当時は芝生はなかったんじゃないか?苔が生えてたのだろうか?庭園とともに無料公開されている隣接の資料館ではいろいろな資料を入手可能。
特に、古地図のクリアファイルが秀逸。
現在の地図と重ねることで、かつてこの地にどんな施設があったのか、歴史探訪が楽しくなること間違いなしだ。
派手な施設はないが、府内城や川や海と街並みの位置関係が見えてきて楽しい。
真田戦記大友宗麟像と大友氏館跡2001年(平成13年)8月13日に「大友氏館跡」として国の指定史跡に指定されたました。
館跡や遺跡に名称が変わる時がありますが、考古学的な理由かと思われます。
行った時は閉園で庭園は遠目しか確認できませんでした。
歴史ですが、大友氏の大友氏泰は、現在の大分市市街地の東部、当時大分川の河口であった付近(現在の大分市顕徳町)に館を構え、この館を中心とする大友氏の城下町は府内と呼ばれました。
中世の府内は東西約0.7キロメートル、南北約2.2キロメートルに及び、その中心となる大友氏館は一辺約200メートルの四辺形で、典型的な守護館であったと推定されています。
最盛期にはほぼ九州一円を支配した大友宗麟はキリスト教を保護し、明との貿易や南蛮貿易を行った。
戦国時代の府内は、大友氏の城下町として、また、外国との貿易港として栄え、1557年(弘治3年)には日本で初めての西洋式の病院が開設され、1580年(天正8年)にはコレジオ(神学院)が設置されるなど、南蛮文化が花開きました。
しかし、ルイス・フロイスの『日本史』によれば、府内は敵対する1586年の島津家久の侵攻の際に焼き討ちに遭い、壊滅したとされています。
芝の手入れが行き届いていて気持ちの良い庭園です。
丁寧に手入れされている庭園は中に入り、ベンチに座り眺めると心落ち着きます。
早く周りの設備もできてほしいです。
整備しました庭園の植物、苔、芝が根付き、緑を増しました。
花は植えてありませんが、侘び(ワビ)、寂び(サビ)の世界を楽しむところです。
一人で訪れ、浸って下さい。
大友義長が造ったとされている庭園。
こぢんまりとしているが各所の特徴を一つ一つ細かく見ていけば風流ある庭園である。
この庭園の中で主たる見所は何かと聞かれれば私は「池」と答えるであろう。
庭園の真ん中に浮かぶ30メートル程の池の西と東には変わった細工が施されている。
西の池は平穏な印象を東の池には中島と呼ばれる巨石や石を多く使った荒々しい印象を受ける。
西の池の石の中には発掘された500年前の実物を使っている所もあり非常に興味深い。
以上の解説などを私が行った時には解説員の方がして下さった。
非常にありがたい事である。
そして義長や義鑑などの故人たちは何を思い、どういった時にこの庭園を見ていたのかと思うと非常に趣深い。
以前は庭園整備中に来ました。
今回はツアーで庭園整備後を見ることができてラッキーでした。
ボランティアガイドの説明も熱が入っていて分かりやすかった。
10年後のその他の施設整備完成が楽しみです。
入口が分かりづらい、庭園はきれいに整備されている。
隣接する南蛮BVNGO交流館に発掘品の展示や館の全景ミニが欲しいところ。
入場料、駐車料無料。
今後の復元に期待したい。
大友氏の再現された庭園などが無料で見ることが出来ます。
とても手入れされていて散歩するのにも最適です。
駐車場もあり、ブンゴ南蛮館の方は赤ちゃんの駅にもなっているので、子連れでも行きやすい場所です。
夕方散歩している人をたくさん見かけます。
保存は大変だが仕事に携われたから。
九州の代表的な戦国大名、豊後国(大分県)の大友家の居館跡。
国指定史跡にもなっています。
九州探題にまで登り詰めた大名だけあって大規模な居館だったようですが、それだけに発掘調査に時間が掛かってる模様(^_^;)将来的には居館や庭園が復元されて欲しいですね。
大友氏の時代にタイムスリップできる施設があると良いな~と思います。
でも、土地の買収で多額の税金を投入しているようなので、しっかりと活用してもらいたい。
宗麟の時代に思いを馳せる。
名前 |
大友氏館跡庭園 |
---|---|
ジャンル |
|
電話番号 |
097-537-5682 |
住所 |
〒870-0025 大分県大分市顕徳町3丁目5−4392-1他 |
関連サイト |
https://www.city.oita.oita.jp/o204/20200605teienopen/2000605teienopen.html |
評価 |
3.8 |
大友氏館跡庭園は、現在発掘調査中です。
規模は200m四方の広大な規模で、中心建物地区、門推定地、庭園跡と大きく3箇所から成り立っています。
大友館は14世紀後半に10代大友親世の頃に整備され、歴代の当主によって改修を重ねられてきました。
庭園は15世紀の終わり頃に造られ、16世紀後半21代当主宗麟と22代当主義統の頃に広大なものになりました。
1586年島津軍の府内侵略で廃絶したといわれています。
隣接した場所に南蛮ブンゴ交流館があります。
この中には、豊後王といわれた大友宗麟が、九州6カ国を治め、海外貿易で財を成した功績を、シアターで見せてもらえます。