名前 |
石造龕 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
4.5 |
説明板には「正慶2年(1333)海野・望月両家が戦勝を祈願して造立。
祢津・矢沢氏も米2石を献納」とあるこの年、新田義貞は鎌倉幕府を攻めて幕府執権の北条高時は自害して果てた高時の子供の時行は諏訪氏に託された建武2年(1335)に諏訪頼重は北条時行を擁して蜂起するそれに滋野一族の海野・祢津・望月氏らが同調したこの石造龕はこのような流れの中で建てられたものかもしれない長野県を代表する名族たちが真摯な祈りを込めた石造龕中世のロマンがひしひしと感じられる。