よく、神輿も、担がせていただくました。
御朱印を、もらいに行きました駐車場はなく、近くのPに停めました。
御輿を見れるかと思っていましたが、ガラスではない扉の屋内にしまってありました。
台東区は観光の街です。
お祭りでは三社祭が有名ですが、地元民に愛される鳥越神社例大祭は必見です!だいたい1日は雨に降られるのも、この時期だからこそ。
手児舞の行列や、天狗が歩くの(一本刃のげたをはいてる)、烏帽子かぶった人が乗った馬など、神輿の前を歩く様々な人達も見どころ満載。
昔は牛も借りてきたけど、牛は高いらしいよ…だそうで雨なんてどこ吹く風、びしょ濡れで神輿担ぐ人、町会の役員さん達の着ている装束も珍しく、楽しい。
朝6時すぎから宮出しがはじまり、夜の宮入は提灯の大行列がキレイ。
ザ、日本。
神輿を担ぐ前や担いだ後の三三七拍子や、皆さんの酔っ払った姿、観客の声援、すべてが珍しく、また楽しい。
宮元とか睦、知らない言葉がたくさん。
誰かしらわからない言葉も解説してくれる、台東区民のフレンドリーなことよ!
4年振りの鳥越祭を観に行きました。
やはり久しぶりで、凄い賑わいと活気があって、とても楽しかったです。
神輿のお祭りをはじめて見る彼女との参加でしたが、そりゃ!の掛け声に合わせて手拍子もして楽しそうにしてました。
知り合いの女性とお祭りを見に、写真撮影をして来ましたよ。
私は子供の頃お神輿を担ぎ、見て居たら興奮しましたね。
担ぎたかったですけど、はっぴを来て居ないから駄目ですけど、千巻神輿が見たくて行きましたよ。
迫力が凄いですね。
私達は遅くなるといけないので、屋台でイカ焼きととうもろこし🌽とお好み焼きを買いました。
イカ焼きは美味しかったですけど、とうもろこしはあんまり女性は美味しく無いと、お好み焼きは広島風お好み焼きて、焼きそばが入って居ませんでしたよ。
来年も行きたいと思いますよ。
コロナ明け四年ぶりの鳥越祭りに参加しました。
下町男児達の迫力のある怒号と喧嘩が見事でした千貫神輿を担ぐ男たちの花棒の争奪戦が激しいです。
大人達の本気の喧嘩は浅草三社祭と鳥越祭りしか見れないと思います。
たまに、度を超えて暴れて警察官に保護される方も見受けられます。
それくらいに迫力と本気が伝わります。
また、行きたいと思えるお祭りでしたね!
御祭神は日本武尊(やまとたけるのみこと)、相殿は天児屋根命(あめのこやねのみこと)、東照宮公(とうしょうぐうこう)です。
由緒によると、651年(白雉2年)創立と伝えられ、日本武尊が、東国平定の道すがら、当時白鳥村といったこの地に滞在したが、その威徳を偲び、村民が白鳥明神として奉祀したことを起源とするそうです。
永承年間(1046-52)、奥州の安部貞任らの乱(前九年の役)鎮定の折、この地を通った源頼義・義家父子は、白い鳥が越えるのを見て浅瀬を知り、隅田川を渡ったということから鳥越大明神の御社号を奉られたと云われているそうです。
例大祭は、6月9日に近い日曜日に執り行われ、千貫神輿といわれ東京一の重さが有ると言われている本社神輿の渡御が行われます。
御神輿の列の先頭には、猿田彦(天狗)や、手古舞連、五色の旗を持った子どもたちの列が続きます。
夜には御神輿に提灯をつけ、高張り提灯に囲まれ宮入りとなります。
私たちの居住している所の氏神様です、勿論最高ですね年間行事も季節ごとに有りますが、氏子の人々は6月の祭礼で元気を頂いてますね。
近くを通ることがよくありますがお昼休みにお参りしてる方などよく見かけます!お祭りがあるらしいですが、まだ行ったことがないです!会社から近いので今年は行ってみようかな〜!
鳥越神社は、神田神社と同じで江戸城の鬼門をまもた7つの神社のひとつでとても由緒ある神社ですね境内は、それほど広くありませんが建物はとても美味しいく、お参りに来てよかったです。
あまり期待しない方がイイかとぉ…おかず横丁によって、鳥越神社、隅田川に出て散歩くらいに考えた方がイイかとぉ…
お詣りし日は夏越の大祓の日で、茅の輪が作られていた。
祭礼の日で、参拝者で賑わっていた。
651年、日本武尊を祀った白鳥神社を始まりとし、源義家が隅田川を渡る白い鳥を見て、鳥越大明神と改め、関東大震災で焼失した家康を祀る松平神社を併せて現在に至る由。
季節ごとの都会生活と密着したお宮さんだと思う。
日本武尊を祭神にした神社はあちらこちらにありますが、ここもその一つとされてますけど、何で「日本武尊」と書くんでしょう?古事記によれば、ヤマトタケルのミコトは「倭建命」と書くんですよね。
『日本の旧名はヤマト』と思い込んでいる人は多いようですけど、「倭」は、中国の魏志倭人伝のせいで「わ」と読まれ、そのせいで日本人は大昔は「倭人(わじん)」国名は「倭国(わこく)」だと学校の歴史の授業などで教えてましたけども、それはあくまでも中国読みであって、日本では「倭=ヤマト」と読み、この名は今の奈良県周辺の旧名だったんです。
ヤマトタケルのミコトは景行天皇の皇子であり、皇族には名字が無いから地名を名字代わりに名乗っていたものであり、「日本」という国名を命名したのは天智天皇であって、景行天皇の400年後のことだから、日本をヤマトと読むのは間違いとなる。
『日本の旧名はヤマト』というのは、天智天皇の娘にあたる元明天皇が中国が日本という国名を認めず、さらに日本でヤマトと読む倭をしつこく「わ」と読むことが原因で、同じ「わ」と読む「和」という字に「ヤマト」の字を当て、さらに大の字をつけ「大和(おおやまと)」としたら面白い事に日本より大和の方が先に国内に広まってしまったために日本の旧名はヤマトという間違いが起こったらしい。
こんな話は余計なお世話でしょうね。
因みに、この神社の祭神は本当は日本武尊ではなく平将門だと言われているそうです。
個人回りした神社です。
6月の9日近くの土日に礼大祭があり千貫神輿(四㌧の重さ)がこの神社から宮出し、宮入します。
東京福めぐりで参拝。
威風堂々としたたたずまいで歴史を感じる神社。
初詣客にはお神酒が振る舞われていました。
浅草界隈に残る、日本武尊の伝承地でこの地に暫く滞在されたとされる地に創祀された神社です。
境内はコンパクトで緑に覆われてもいないですが境内はきれいに整備されています。
鳥越神社の祭りは浅草三大祭りの一つとされ有名です。
御朱印は、今までに2度戴きました。
お祭り前日の夜には、千貫神輿と称され都内随一の重さを誇る宮神輿の組み上げが観られます。
子育て鳥越の犬張り子。
都内では鳥越神社が戦後になって始めにざるかぶりの犬張り子を授与されたそう。
「犬」に「竹」を乗せて「笑」という字になるという江戸っ子の洒落がそのまま伝わっている郷土玩具なんですって。
普段は静かな神社です。
散歩の途中に軽い休憩も出来ますよ。
秋は銀杏が落ちるので、ちょい…です。
お祭りの時はものすごい人、人。
地域の方に愛されてる神社ですよ。
神社の由来書きにない伝承として、平将門の首が京から飛んで帰ったときここを飛び越していったので「鳥越(=飛び越え)」という地名・社名となった。
あるいは、この鳥越神社には将門の手が埋められているいう。
神田明神は首、築土神社は足(築土神社の由来では「将門の首桶」)を祀っているという。
子供が手水舎で盛大に水遊びしていて、親は止めろよ・・・と思ったが、子供のすることだし、神様も多少は許してくれるのかなとか、思い直してしまうあたり、何らかの力が私にかかってたのかもしれない。
子供のころから、お世話になった神社で、よく、神輿も、担がせていただくました。
今年も立派な祭礼、ありがとうございました。
警備の警察官の人数からも荒れ模様のお祭りの予感です。
規制と身動きできないほどの人波で、宮入を神社の近くで歩道から見るのは覚悟が要ります。
神輿を間近で見るには、町内巡回について行く方がチャンスが有ります。
都会の神社。
鎮守の森はない。
お茶の水で降りて、神田明神。
裏に回って蔵前橋通りを下る。
山手線のガードをくぐり直進する。
しばらく歩き、おかず横丁が左に見えたらそちらにまわる。
おかず横丁を通り抜けて鳥越神社到着。
名前 |
鳥越神社 |
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ジャンル |
/ |
電話番号 |
03-3851-5033 |
住所 |
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関連サイト | |
評価 |
4.1 |
8月4日お箸供養の日に参拝使わなくなったお箸のお焚き上げをして頂こうと、午前中早い時間に伺いました。
境内に専用の箱が設置してあるのでそちらへお箸を納められます。
午前中にはお箸供養のお焚き上げをするようですので、当日お箸を納める場合は早めに行くことをおすすめします。
境内は広くなく小ぢんまりしていますが、都内では貴重なお焚き上げをして下さる神社です。
立派な狛犬様も鎮座されていて見ごたえがあります。
暑い夏の日でしたが、木陰で休憩をしながらのんびり参拝することが出来ました。