旧国鉄佐賀線 筑後大川駅跡 / / .
田舎の小さな街に国鉄の駅が三つ当時の運輸大臣を輩出した街の名残60年前迄は隆盛だった木工業各地から集団就職で大川駅に降り立った時代が懐かしい。
記念碑のみ。
#旧国鉄佐賀線⑧旧国鉄の「筑後大川駅」(1933年ー1987年)跡地です。
旧国鉄佐賀線で、佐賀駅を出発してから6番目の駅となります。
ここには駅舎等の施設は一切遺されておらず、跡地にはハローワーク大川が建てられていて、その建物の脇にひっそりと記念碑のみが設置されています。
次駅の「東大川駅」までは、ただひたすら有明沿岸道路に沿って東方向へ進むのみで、特に迷う事はないでしょうが、有明沿岸道路の開発に伴い大分様変わりしており、旧国鉄時代の設備や線路跡等を偲ぶ事は困難となっています。
道路が整備される事で生活は便利になりますが、何だか寂しくはありますね。
駅の跡地なんですが何も残っておらず、三池炭坑専用鉄道の駅みたいに、国県市町村指定の史跡や世界遺産でもなく、いったい何なんですかね?まぁ~付近に住んでる方々がタクシーを利用する時、年配の方々が大雑把な場所を説明するしか利用価値はないでしょう。
名前 |
旧国鉄佐賀線 筑後大川駅跡 |
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ジャンル |
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住所 |
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営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
評価 |
2.9 |
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1931(昭和6)年の国鉄佐賀線開業時には設置されていなかった駅。
当時、大川町の賑わいは、東町(あずままち)交差点を中心とする榎津町に移っていた。
西端の筑後若津駅は不便で、大川町住民の新駅設置の声を受け、1933(昭和8)年に、筑後大川駅が設置された。
同時に、榎津町と花宗川対岸の向島明治町からのアクセス道として、「昭和八年新道」(県道744号線)が、榎津、小保の西を貫き敷設された。
戦後の経済成長期には小さいながらも駅前商店街が形成され、鉄道が交通の主流でなくなりだす昭和30年代ぐらいまでは賑わいを見せていた。