2024年から切り替わる千円札の肖像に採用予定の北...
初めての訪問。
親切な館長さんのご案内で楽しく見学する事ができました。
初めにビデオを見ることがより詳しく楽しく建物や雰囲気を感じることができると思います。
おススメです。
世界的な細菌学者、北里柴三郎博士が生前に建てた貴賓館・北里文庫(図書館)を記念館として改修、見学が出来る施設となっています。
奥には博士の生家が復元整備されています。
訪問時は曇天でしたが、天気のいい日には小国富士(大分側では玖珠富士)と呼ばれる涌蓋山が良く見えるそうです。
あまり詳しくは知らない人でしたが、とても勉強になりました。
入場料が大人は400円かかりますが、勉強になりました。
田舎の景色と建物がとても風情があって良かったです。
細菌学のパイオニアである北里柴三郎の生涯がわかる施設。
北里大学のイメージだったが慶応大学医学部にも関連していたのは初めて知りました。
細菌学研究所(国営)を辞め民間の研究所を有志とともに設立したのは多大な功績であり今に通じます(国はルールつくりに躍起で役立たないは今にも通じる)。
資料館や貴賓館、生家や夫婦で植えた杉などがある。
一般財団法人が経営しており周辺には宿泊施設などもありいい場所である。
係員の丁寧な説明はよかったです。
欲を言えばかつて国内2番目の蔵書を誇った図書館にあった本も展示してもらいたいです。
2024年から切り替わる千円札の肖像に採用予定の北里 柴三郎博士の生誕の地です。
博士は東京大学医学部卒業後内務省衛生局に勤務、その後ドイツに留学ローベルト.コッホに師事、とりわけ病原菌の研究で純粋培養の確立、血清療法の発見をし世界の医学会にその名を轟かせました。
福沢諭吉などの支援により伝染病研究所を設立。
日本における近代医療の先駆者的存在となりました。
北里文庫の建物は博士の業績が展示されており、見所満載で勉強になります。
財団済生会病院の初代院長に就任した他、慶應義塾大学医学科創設初代科長に就任するなど業績は多義にわたります。
また日本医師会創設、初代会長に就任し医療行政の発展に多大に影響を与えたと思います。
館の方が丁寧に説明していただきました。
また田舎の良い景色も見ることができました。
もう少し入館料を下げてもいいかなと感じました。
各施設で靴の着脱があるため特に高齢者は半額でもいいかなと。
近代日本医学の父。
北里博士についてよく分かる場所です。
湧蓋山をのぞむロケーションも素晴らしい。
偉人の偉業を目の当たりにし、自身のモチベーションに変えていける、そんな場所です。
職員さんが入口で、簡単に説明してくれます。
愛想が良くて気持ちが良いです。
地元の資料館ですので生立ちが、詳しく説明されてます。
パネルの説明文が長いですが、パネルの下にわかりやすい、短文が有りわかりやすいです。
良く考えられた陳列です。
素晴らしいです。
日本の細菌学の父と言われる先生が、熊本の小国町出身と小国へ旅行出来て初めて知りました。
こじんまりとした記念館では、北里先生の偉大さを再認識させられました。
おばあちゃんの家に来たようなとても懐かしい感覚。
敷地内にはいくつかの建物があり、自由に歩いて、上がれるは嬉しいです。
初めて行きました、入口がキャンプ場の入口と一緒でわかりにくかった、ナビも嘘つきだし、施設の管理者の説明はベリーグッドでした。
人物、景色、施設どれをとっても素晴らしい‼️とくに北里柴三郎先生のお人柄を知るには、ぜひ図書館跡で映像をご覧ください。
建物内外の清掃が行き届いていて気持ちよく見学できた。
紅葉が美しく、景色と相まって大満足。
初めて訪れました。
静かな環境の中に、ひっそりとたたずんでいます。
駐車場は記念館側にもありましたが、あえてすぐそばの北里バランに駐車して歩いて遠くない距離でした。
記念館内には、偉業を成し遂げた博士達のあらゆる資料があり館内にて北里柴三郎博士の生い立ちからの一生を見れる放映テレビが見れます。
敷地内にある生家などへは、入館出来て歴史を感じる事が出来ます。
大正時代に作られた、細かな九州の地図には圧巻の眼差しで観覧しました❗
千円札になる、北里柴三郎先生の記念館。
入場料は大人400円。
展示は真ん中の資料館で見れます。
床暖房が心地よく、長居できます。
資料館は撮影禁止。
手入れされた庭がとても素敵でした。
秋にいったので、紅葉がなんとも言えなかった。
売店もありました。
トイレのドアに杉板が貼ってあるのもかっこよかった。
小国杉なのかな?
北里博士が建てた北里文庫や書庫、貴賓館などを見ることができます。
大人1人300円です。
全て靴を脱いで入る必要があります。
北里文庫は床暖房が効いており、快適です。
現在は図書館ではなく、展示室となっており、北里柴三郎の紹介やゆかりのある偉人の紹介、DVD上映があります。
貴賓館からの小国の景色は100年前の景色とほぼ変わりなく、とてもきれいです。
水曜日が休館日。
営業時間は9:30〜16:30です。
景色がよく、図書館、迎賓館、生家の一部この3つの歴史を感じる建物がありどれものんびり観るこもができます。
迎賓館の二階は見晴らしもよく季節ごとの風景を楽しんでみたいと感じました。
茅葺き屋根の生家には真夏なのに涼しく日本の風土に適した建物だと思いました。
北里柴三郎記念館は、国道318号線(北里宮原線)沿いの北里川のほとりある記念館です。
入場料300円です。
熊本県小国町出身である故北里柴三郎博士の生家や、博士から小国町に寄贈された北里文庫(図書館)を改修し、偉業を称えています。
この施設は生前、博士が大正5年に建てた貴賓館、北里文庫があった敷地に、昭和62年、博士の学問を受け継ぐ北里研究所、北里学園が中心になって博士の生家の復元修復を行うとともに、北里文庫の建物を利用して博士に関する遺品などを陳列し、小国町に寄贈されたものです。
生家は、明和元年(1764)総庄屋5代目北里兵衛家から分家して坂下屋敷と称していましたが、明治28年(1895)両親を東京に呼び、空家となったため座敷の2間を残して他は取り壊しました。
現存するのはその一部です。
貴賓館は、北里文庫建設と同時に建てられた和風木造2階建物で、小国杉の大木によって建てられています。
大正5年8月10日の落成式には、博士は一家をあげて参列し、ここで数日過ごされました。
北里文庫は、大正5年(1916)、博士が私財1万円余を投じて、郷里の青少年に贈りました。
当時、熊本県立図書館につぐ大図書館と言われ、蔵書数1,511冊と記録にあり、終戦時までよく利用されました。
木造洋風建築120平方メートルです。
日本が誇る世界的な医学者北里柴三郎は、嘉永5年(1853)総庄屋北里惟信の長男として北里村(現小国町北里)に生まれました。
明治4年(1871)熊本医学校に学び、さらに東京医学校(現東京大学医学部)に進み、卒業後、内務省衛生局に勤務、国の留学生として結核菌の発見者であるドイツのローベルト・コッホに師事しました。
ここで貴重な研究業績を次々に発表、とりわけ破傷風菌の純粋培養法の確立(1889)と血清療法の発見(1890)は前人未踏のもので、世界の医学界にその名をとどろかせました。
帰国後、福沢諭吉などの援助により、伝染病研究所を設立、わが国の近代医学に大きな足跡をとどめました。
大正3年(1914)自力で北里研究所を創設、昭和6年(1931)死去するまで終生わが国の公衆衛生、医学教育、医療行政の発展に貢献しました。
2019年に新千円札の肖像となることが発表されました。
涌蓋山の景色が良いです。
景色がとても良いです。
ドンネル先生について勉強できます。
世界の医学の発展に大きく寄与された偉大な先生の出生地でした。
規模はやや小さい。
バリアフリーでもない。
いちいち靴を脱いで見学しなければならないのがやや面倒です。
でも一見の価値はある。
不出世の北里博士について想いを馳せられる場所。
記念館からのわいた山の眺望は最高。
ちょっとばかし道に迷ってしもうたが、よかばい。
普通の民家かと思うほどこじんまりした入り口だが、敷地内は思いの外広い。
いくつかの建物と倉庫、庭があり、じっくり見て回ると1時間程度。
ここを起点に、疫学で日本だけでなく、世界中の多くの人を救った研究が為されていった。
記念館から見える田舎の風景と、地球全体という巨大フィールドとのスケールの差の大きさにしばし戸惑う。
何が彼をそうさせたのか。
あるいは郷土で育まれた、人への愛のようなものが原動力だったのか。
近くを流れる川の風景を眺めながら思索していると、何時の間にか時間が流れていく、今は静かな場所である。
名前 |
北里柴三郎記念館 |
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ジャンル |
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電話番号 |
0967-46-5466 |
住所 |
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営業時間 |
[月火木金土日] 9:30~16:30 [水] 定休日 |
関連サイト | |
評価 |
4.2 |
北里先生の偉大さがよく分かる記念館です。
日本人なら是非一度行くべき素晴らしい所です。