昔遊んだ静かな良いところです。
この神社の左奥に有る、毘沙門天様の御堂が有り、大変御利益が有ると言われています。
得に仕事関係で困った😖💦経営者の方がよく御参りに来ているそうです、
毎年新年に参ってます❗
例年、三社参りさせて頂くのですが年始の対等が心地よくお詣りさせて戴いて降ります。
キレイです。
でも手水に水がなくて手を洗えません。
おみくじがないです。
1967年12月まで、永犬丸小学校に在籍していて、夏休になると、この神社によく昆虫採集に来ていました。
朝早く来ると、社殿の背後にあったクヌギの木にカブトムシやクワガタがいましたよ。
今はもう木が少なくなって虫もいませんが、なつかしい思い出のある神社です。
秋のお祭りも覚えています。
ありがとうございます。
田舎の神社です。
実家の近くです。
昔遊んだ静かな良いところです。
駐車場もあり綺麗にお手入れされて大切にされている神社さんのようでした社務所は無人です。
ご利益のある神社です❗
日曜だからか普段閉じている社殿の扉が開いていました。
参道の裏に駐車場あります。
『祭神 伊弉冊尊(イザナミノミコト) 速玉男命(ハヤタマオノミコト) 事解男命(コトサガオノミコト)由緒 熊野神社は全国に数千社をかぞえる。
いずれも紀伊の国の熊野神社(熊野三山 熊野三所権現ともいう)を総本社とする。
このことは、霊験あらたかな熊野権現に対する国民的信奉の広さを如実に物語るもので、延喜七年(西暦七◯七年)宇多法皇の熊野御幸を初め、歴代皇室の行幸啓は実に百二十余度に及び、貴族階級は勿論、武家・一般庶民の尊宗も極めて篤く更に鎌倉幕府の庇護を経て、室町時代には伊勢参宮を凌ぐほどで、俗に〝蟻の熊野詣〟とさえ言われた。
しかも御師(オシ)先達の制度まで出来て、熊野の山伏などが各地の信者と結びつき、伝道や勧進に努めた為、次第に熊野末社建立の分布を全国的に広めて行った。
当神社の草創も、このような熊野信奉の歴史的背景と無縁ではなく、たまたま室町時代の中期に、麻生氏が竹の尾城に居を移し、その守神としてこの地に熊野権現を祭祀したのが、そもそもの起源で、その後 幾多の変遷を経て今日に至ったものである。
』
いいばしょだから。
7月9日の祇園祭へ向けて、6月から色々と準備が始まります。
6月後半になると、毎晩、太鼓の練習で賑やかです。
名前 |
下上津役 熊野神社 |
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ジャンル |
/ |
住所 |
〒807-0076 福岡県北九州市八幡西区下上津役元町4−6 |
評価 |
4.1 |
氏神さまです神棚のおたきあげとか、親切に教えて頂いた。